妄想は時にまれではありますが、身近な人に共有されてしまう事もあります
もちろんこうした考えは、本人がどんなに固くそう信じ込んでいたとしても、事実に全く反するため、妄想、ということになる訳ですが、通常、こうした非合理的思考は、その人、本人のみに症状の出現が限定されるものです。しかし、まれではありますが、時に妄想が他人と共有されてしまう事が、例えば、妻の被害妄想を夫が共有するといった事態が起こるケースがあります。
今回は、妄想を他人と共有するという現象が特徴的な「共有精神病性障害」について詳しく解説いたします。
共有精神病性障害の特徴
共有精神病性障害は妄想を他人と共有するという特異的な点を除けば、その症状自体は典型的な妄想性障害と見る事も可能です。共有精神病性障害では、例えば、「近所の誰かがウチのかわいい犬を狙っている」などといった、現実と全く反する考えを誰かと共有する訳ですが、その共有する相手は通常、本人の身近な人で、その人の家族の誰かである場合が大部分。
例えば、母親と娘、妻と夫、あるいは姉妹同士など、家族内の2者によって妄想が共有されますが、場合によっては家族内の3者、もしくは4者、さらには家族全員で同じ内容の妄想を共有してしまうケースもあるようです。
妄想を共有する要因は閉鎖的な生活環境と密接な家族関係
共有精神病性障害では、まず、家族の一人が最初に何らかの妄想を持ちます。妄想の内容自体は、それが事実に全く反しているという点を除けば、それほど不合理でない場合が多いようです。家族の一人が持ったその妄想は、やがて、その人と長年生活を共にしてきた家族の誰かに共有されます。こうした事が起こり得る素地として、例えば、最初に妄想を持った人は病気のため、自宅で長期療養中といったケースで、家族以外との交流が少なく、彼らの生活は家庭という一種の閉じた世界で回っている事が多いです。
また、妄想を最初に持った人は家庭内では、いわゆるボス的存在であり、その妄想を共有する他のメンバーは、この人の言葉なら何でも真に受けてしまうような、従属的な立場である事が共有精神病性障害の大きな要因になっています。
身近な人の言葉は真に受けやすいものですが……
共有精神病性障害が起こり得るような生活環境に限らず、私たちの一般的な日常生活においても、もしも、長年、生活を共にしてきた相手から、何かを繰り返し言われれば、それがよほど、不合理な内容でない限り、相手の言葉を疑う事はあまり無いと思います。共有精神病性障害では、妄想の内容自体は事実に全く反しているという点を除けば、通常では考えにくい非合理性、例えば、「宇宙人が自分に未来を知らせるメッセージを電波で送ってくる」といった内容では無い事が多いです。従って、もしも、外部の人との交流が少ない孤立的な生活環境では、相手の言葉が事実でない事をはっきり認識する事は、時に困難になってしまう可能性はあります。それで共有精神病性障害では、妄想を共有していた2人が何らかの理由で生活の場を別にすれば、通常、2番目の人からは妄想が消失します。
なお、共有精神病性障害の診断の際には、うつ病や統合失調症など一般的な心の病気の場合と同様、その精神症状を直接的に生じさせ得る医学的要因を除外する必要があります。例えば、妄想を生じ得る医学的要因として、2番目の人の脳内には脳腫瘍、脳血管性障害など器質的病変が無い事を、あるいは、中枢神経系に作用を及ぼす何らかの薬物の影響下に無いといった事も確認する必要があります。
共有精神病性障害は、精神科受診がまれな疾患であり、病気の頻度自体は、かなり少ないと考えられていますが、私たち人間の性質でもある「身近な人の言葉は真に受けてしまいやすい」事が極端に現れてしまった場合と見なせる面もあります。だからといって、日常生活においては身近な人の言葉も時に疑ってみるのが良い、などと結論付けるつもりは全くありませんが、相手の言葉を真に受けてばかりいると、時に思わぬ落とし穴が待ち受けているかも知れません。