手根管症候群とは
「手根管症候群(しゅこんかんしょうこうぐん)」とは難しい病名ですが、手の平のつけ根部分にある「手根管」の中で正中神経が圧迫されてしまい、麻痺が生じる病態です。通常中年期の成人にみられ、女性に多い病気です。以下の記事は実際の患者さん(52歳・女性・Aさん)のケースを元に、その体験を加工して記載してあります。Aさんは手根管症候群を発症しました。手根管症候群の症状、診断、治療、手術、手術費用などの理解を深めて下さい。
<目次>
手根管症候群を発症する部分、手根管とは
手の平のつけ根部分を医学的には「手根部」と言います。目で見ても、母指(親指)側の舟状骨、大菱形骨と小指側の豆状骨、有鈎骨が高くなっているのがわかると思います。これらの骨の間は、屈筋支帯(もしくは横手根靭帯)と呼ばれる靭帯で覆われています。この骨と靭帯で覆われた狭いスペースを手根管と呼びます。手根管は手根部で骨と靭帯に囲まれた狭いスペースを正中神経が通過します。
手根管症候群の症状……指の痛み、しびれ、筋力低下など
Aさん「右手の親指、示指、中指の痛みとしびれが生じました。この経験はいままでなかったので近くにある整形外科のクリニックを受診しました。」Aさんに起きたのは、「知覚麻痺」という知覚神経の症状です。
またAさんに見られなかった症状として薬指の親指側の半分の痛み、しびれ、母指の基部の筋肉の筋力低下です。特に母指の基部の筋力低下が進行すると、手術をうけたあとでも回復が難しくなりますので、早期の治療を受ける必要があります。
手根管症候群の原因……手関節に負担のかかる仕事や家事が原因のことも
特に原因のない方も多いですが、症状を訴える患者さんの大部分は、反復して手関節を屈曲、進展する仕事、家事などに従事している方が多いです。Aさんも事務職で、手関節に負担のかかる仕事と家事が重なったことが原因と考えられました。それ以外では手関節近くの骨折、脱臼、変形性関節症、腱鞘炎、痛風、アミロイド沈着、慢性関節リウマチ、ガングリオン、軟部腫瘍などさまざまな病気が原因となって発症することが多いです。
手根管症候群の診断……ファーレンテストやレントゲンなど
■ティネルサイン陽性神経が圧迫されている部位を指や道具で叩くと障害されている指先に知覚異常が発生します。
神経が圧迫されている部位を指で叩くと しびれている指先に痛みが発生します
■ファーレンテスト陽性
手関節を60秒間強度の屈曲位におくと障害された指先の感覚異常が発生することをファーレンテスト陽性とします。
手関節を60秒間強度屈曲位で保持します
■単純X線(レントゲン)
Aさんがクリニックで撮影した単純X線写真です。
手関節単純X線像 異常をみとめません
特に異常を認めません。
■手根管X線像
手根管は手根骨に囲まれた狭いスペースであることがわかります
手根管の撮影でも骨折、石灰化などの場合異常がでますが、それ以外の手根管症候群では異常は認められません。
次にMRI撮影の予約、投薬(鎮痛剤、胃薬)の指示が出ました。費用は初診、3割負担の健康保険で3,000円ほどでした。
■MRI
Aさんの場合、MRIは専用の病院で撮影を行いました。
手関節MRI像 手根管の内容が確認できます
MRIは磁気を使用して人体の断面写真を作成する医療用機器です。被爆がないのが最大の特徴です。欠点は費用が約1万円程度と高額な点、狭い部屋に15分 間ほど閉じ込められて、騒音が強いことです。脳外科の術後で体内に金属が残っている人、心臓ペースメーカー装着の人、閉所恐怖症の人などではMRI検査が無理なので、CT検査を行います。CT検査の費用は5,000円程度で、MRIより安くなりますが、被爆があります。単純X線と同様、MRIに異常所見はありませんでした。
■筋電図
まず知覚神経伝達速度を測定します。手根管より中枢の前腕部での正中神経の速度と手根管より末梢の手部での正中神経の速度を比較して手部の速度が低下していた場合手根管症候群と診断します。このテストで障害された神経の部位が正確に診断されます。
Aさんの筋電図では右の正中神経の伝達速度が手首の位置で低下していることがわかりました。左の正中神経もわずかに低下がみられました。今後左の手根管症候群が発症する可能性があります。
またAさんは施行しませんでしたが、筋力低下がある場合、障害のある筋肉の筋電図に異常が出現します。
手根管症候群の治療法……薬・ステロイド注射・手術など
■安静仕事に関連して発生する手根管症候群の場合、仕事を制限することで症状の軽快が期待できます。単純に手を使用しない安静も有効でしょうが、「シーネ」という固定具を24時間ないし夜間だけ使用する方法もあります。
固定具を使用し手関節を安静位に保ちます
安静にすることで軽快した後に仕事をフルで再開すると、手根管の症状が再発してしまうことが多いようです。
■鎮痛薬
ボルタレン、ロキソニンなど非ステロイド消炎鎮痛薬(NSAIDと省略されます)。
ボルタレンは、1錠15.3円で1日3回食後に服用。副作用は胃部不快感、浮腫、発疹、ショック、消化管潰瘍、再生不良性貧血、皮膚粘膜眼症候群、急性腎 不 全、ネフローゼ、重症喘息発作(アスピリン喘息)、間質性肺炎、うっ血性心不全、心筋梗塞、無菌性髄膜炎、肝障害、ライ症候群など重症な脳障害、横紋筋融 解症、脳血管障害胃炎。
ロキソニンは、1錠22.3円で1日3回食後に服用、副作用はボルタレンと同様。
どちらの薬でも胃潰瘍を合併することがありますので、胃薬、抗潰瘍薬などと一緒に処方されます。5年間、10年間の長期服用で腎機能低下などの副作用があ りますので、注意が必要。稀に血液透析が必要となる場合もあるので、漫然と長期投与を受けることはできる限り避けて下さい。
鎮痛薬の問題点は数ヶ月以上の服薬で胃腸症状、腎機能低下が高率に発生しますので、急性期を過ぎたら主治医と相談し、減量ないし休薬を考えましょう。
Aさんは薬で痛みが軽くなったものの、しびれは改善しませんでした。
■神経再生薬
メチコバール ビタミンB12 障害された神経の修復を促進させる作用を持ちます。1錠21.1円を1日3回服用します。後発薬では5.6円のものが複数あります。4週間の服用で64%の改善率があります。副作用ですが、食欲不振、悪心、嘔吐、下痢、発疹などがあります。Aさんはメチコバールを2ヶ月間服用しましたが、あまり改善はみられませんでした。
■ステロイドの注射
手根管症候群では手根管の中へのステロイド注射が有効です。通院をしながらこの治療を受けることが可能。Aさんは一度この治療を受け数ヶ月は症状が消えていましたが、治療半年後に症状が再発しました。
そのため手術治療を考慮して、クリニックの紹介で総合病院の整形外科外来を受診しました。
■手根管開放術
正中神経に対する圧迫を除去するために、横手根靭帯を切り離しする手術です。靭帯を切離した後に神経の剥離を行う場合があります。通常は靭帯の切離単独の手術です。つまり神経剥離がない場合、皮膚と靭帯だけの手術ですので、人体への侵襲は最小限の手術です。この手術はほとんどの手根管症候群に対して有効であり、90%以上の患者が職場に復帰しています。
屈筋支帯(横手根靭帯)を赤色の線の位置で切り離し 正中神経への圧迫を除去します。
健康保険を使用し3割負担で3万円の費用でした。退院した時点で母指のしびれだけが残っていましたが、他の指の症状は消えました。術後の痛みもそれほど強くなく、Aさんは満足しています。
■内視鏡下手根管開放術
上記の手根管開放術は約3cmほどの皮膚切開を行いますが、こちらの内視鏡下の手術では、さらに小さな切開で靭帯の切離を行うことができます。もともと手根管は痛みの少ない部分ではあるのですが、より小さな切開で済むため、痛みもさらに少なく、早期の職場復帰が可能なことが利点として挙げられています。
しかしながら、大きな切開での手術と比べて視野が狭いため、いろいろな合併症が報告されています。現時点で内視鏡手術の有効性を証明した論文はありません。この術式は、よほど慣れた術者が保証する以外はお勧めできません。
手根管症候群のリハビリ
進行した手根管症候群では母指のつけ根の筋肉が萎縮してきます。この時期には手術を早期に受けることが必要ですが、衰えてきた筋肉に対するリハビリが重要となります。手術の前後に母指の屈曲進展の運動を繰り返し行います。それほど難しい作業ではないので、自宅でリハビリを続けることが可能。初期のリハビリ訓練を専門家から受けることが薦められます。【関連記事】