代理ミュンヒハウゼン症候群とは…「病気の子」の親でいたいと望む心の病気
代理ミュンヒハウゼン症候群は虚偽性障害の一形態で、自分の病気ではなく、替わりに子供の病気を装います。児童虐待の一面もあります
子を持つ親は、「子供が元気に育ってくれれば他には何もいらない」「どうか立派に育ってほしい」と、子の健やかな成長を願うものです。まさか「何か病気になって、入院してほしい」などと願うことは、絶対に考えられないはずです。
しかし、心の病気のなかには、大切なはずの自分の子供の身体を傷つけてでも、無理やり病気の状況をよそおうようなタイプのものがあります。時おり事件化して報道される「代理ミュンヒハウゼン症候群」について、わかりやすく解説します。
<目次>
代理ミュンヒハウゼン症候群とは…心の病気の虚偽性障害の1タイプ
まず「代理ミュンヒハウゼン症候群」という病名ですが、それは、英国の小児科医Dr Roy Meadowが1977年に著名な学術誌の1つ、The Lancetに報告した症例に付けられたのが始まりです。その症例では、母親が自分の血を乳児の尿検体に混入させて、その乳児が病気だと装っていたのです。この病名の中の「ミュンヒハウゼン」は、昔からの有名な物語『ほら吹き男爵』に、実在したモデル、ドイツのミュンヒハウゼン男爵(1720~1797)の、まさにその名です。このほら吹き男爵の物語では、夜中に雪の中から突き出ていた何かに馬をつなぎ、朝起きると、雪が全部溶けていて、馬が教会の屋根の先端にぶらさがっていた……といった調子で、荒唐無稽な話が繰り広げられます。これにちなんで、自分は本当は健康な体なのに、故意に症状を作り出して、病気のフリをし続けるさまを、その不合理性を心の病気として、「ミュンヒハウゼン症候群」と呼んでいるのです。
代理ミュンヒハウゼン症候群の場合、ミュンヒハウゼン症候群に「代理」という言葉がつきます。つまり病気のフリをするのが自分ではなく、自分の代理として誰かを病気ということにしてしまうという意味合いです。多くのケースで、母親が自分の子供(乳幼児)を病気だと装います。代理ミュンヒハウゼン症候群は、精神医学的には「虚偽性障害」の1タイプとされています。
代理ミュンヒハウゼン症候群はなぜ起こるのか…特徴・症状
もし母親が代理ミュンヒハウゼン症候群になってしまった場合、問題となる行動の多くは、本来世話をすべき子供に向けられます。一般的に、金銭的な理由やメリットなどはあまり関連せず、歪んだ思いが原因となり引き起こされます。例えば、「子供が病気になれば、周りの人から、『病気の子供の親』という目で見てもらえる。家族やお医者さんからも大切にしてもらえる」「子供が入院していれば、育児などの負担からも開放される」といったものです。こうした当人の歪んだ心理的背景がはっきり認められるケースが少なくありません。
代理ミュンヒハウゼン症候群によって引き起こされた病気や入院の場合、代理となった人(この場合は子供)には、以下のような問題のいくつかが見られます。
- 入院歴、検査歴は多数あるが、病気のはっきりした原因は分からないままである
- 症状のパターンにかなり不自然さがある
- 検査をしても、出ている症状が意味するような所見が得られない
- 適切に治療しているはずなのに、病状が一向によくならない
- 母親が子供の側にいないと、症状が軽快する
- 母親は医学的知識がかなり豊富で、ひとつひとつの検査や処置の目的を熟知しているように見える
- 子供の身体にメスを入れるような侵襲的な検査をする旨を母親に告げても、通常ならばかなり不安を覚えそうな状況でも、母親が全く動揺を見せない
- 母親の話の内容に明らかに虚偽が認められる
- 子供に出ていた症状が深刻な時には平静でいた母親が、それが良くなるとなぜか動揺する
代理ミュンヒハウゼン症候群の治療法・問題点
この疾患の問題点は、何と言っても「自分の子供」を何かの病気だと見せるために、さまざまな働きかけが行われてしまうことです。母親が主治医に虚偽の症状を言うだけではありません。子供に何らかの身体症状が出るように、さまざまな方法で子供の身体を傷つけてしまうことも、実は少なからずあります。それには児童虐待の一面もあります。しかしそれでも、このケースでは子供が憎くてそういった行為をしているわけではないのです。あくまで病気の子供の親というアイデンティティを求めて行っているため、治療中は医療者を含む第三者から見ても、子供への介護が大変甲斐甲斐しいことも少なくありません。この疾患で治療が必要なのは、もちろん子供ではなく、子供に病気を装わせる親です。しかし周りは母親の、病気によるウソになかなか気付かないものです。その理由の1つとして、まず親が子供の病気を装うといったことは通常は考えられないことですので、周りの人の考えから、全くの想定外になりやすいという可能性があります。また、子供に病気を装わせているとはいえ、子供を献身的に介護する母親の姿があれば、母親の訴えがウソであると考えにくくなる面もあります。
子供に病気を装わせる過程での、不要な検査や治療、そして長期間の入院生活は、子供の健康を損なうだけでなく、心身の成長をも大きく歪める可能性があります。
代理ミュンヒハウゼン症候群は、稀な疾患とされていますが、周りが気付きにくい疾患であることもあり、実際の数よりもかなり過小評価されている可能性があります。また、問題に気づかないのは周りだけでなく、当人自身も自分の問題行為に気付けていないこともあります。言い方を変えれば、本当に病気を患っている本人が、病院を受診すべきだという認識が全く持てていない可能性もあるのです。親子の心身の健康を守るためにも、この疾患もいかに早く必要な治療をスタートできるかが、大きな課題になっています。もしものときに周りや自分自身が気づけるように、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という病気があることを、どうか頭に置いておいてください。
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