二子玉川のうつわ屋さん「
KOHORO」に遊びに行ったときのこと。
ちょうど新しく入荷したうつわがあるというので、見せていただきました。
店主・恵藤さんは千葉で行われた展示会で一目惚れして、そのまま作家さんと一緒に
工房まで行ってしまったそうです。
ドキドキしながらそっと包みを開くと、心がしんと静まるような、銀彩の
うつわが現れました。今まで見たことがない色と質感。
言葉にしようにも薄っぺら過ぎて、ただ「素敵ですねぇ」としか言いようがありません。
しかし、ざわざわとした気持ちに、いてもたってもいられず、
搬入にいらしていた作家さんに急遽お願いして、その場で工房へ訪問する約束を、
ちゃっかり取り付けてしまいました。
オブジェ作りからうつわ、ブランクーシの影響も大きく

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工房の一角はギャラリーのようなスペース
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陶芸家・伊藤環さんの工房は三浦半島の三崎にあります。
駅を降りるとふわっと漂う海の匂い。
のんびりとした畑の間の道を車でしばらく走り続けると、やがて海岸へ。
ぱあっと視界が開けて、穏やかな海が広がっています。
このときはちょうど大根の収穫シーズン(三浦大根です!)。
海岸には果てしないほどの大根が、潮風に当たって気持ち良さそうに干されていました。
そして三崎といえば、マグロです。
みえみえの下心でお昼に到着し、地元のおいしい料理屋さんで、しっかり堪能
させていただきました。うーん、三浦って、いいところです。
伊藤さん自身も、三浦に住んでまだ1年足らず。元々は九州・秋月の出身です。お父様も陶芸家で、秋月に窯を所有しています。
かといって、子供の頃から土いじりをしていたわけではないよう。
学生時代は絵が得意だったので、大学はデザイン方面へ、と考えていました。
しかし受験したデザイン科はなぜか落ちてしまい、受かっていたのが陶芸科だったそうです。
「大学は大阪だったのですが、最初は土地にも授業にも馴染めずにいました。
陶芸って面白いな、と思うようになったのは大学2年のとき。
アルバイトで、モデルルームに飾るオブジェの制作を依頼されたんです。
不動産屋のシンボルマークがリンゴで、それをモチーフに一夏かけて夢中で作っていました。
授業で使わない釉薬を使ったり、自分の考えだけであれこれ試すのが、
すごく面白かったんですね。この経験のおかげで、授業への姿勢もがらっと変わりました。
決められた制約の中でも、楽しんで作れるようになったんです」。
ギャラリーに並ぶ器たち。右は錆銀彩。
大学卒業後は、陶芸家・山田光氏に師事。当時の時代の流行もあってか、
オブジェ作りに熱中していた伊藤さんが、もう一度基礎からうつわ作りを
学んだのは、この時期でした。湯呑みから始まり、
一番難しいといわれる急須まで。自由な雰囲気の中で一日中ひたすらろくろに向かい、
黙々と作れる環境だったとか。ここでろくろの技術を十分に培うことができたようです。
その後は、信楽 の「陶芸の森」へと移りました。
若手の作家がたくさん集まる環境の中、自身の作風にも変化が表れます。
「最初は人体に興味があって、顔や足ばかり作っていたこともありました。
筋肉の付き具合とか、かかとのでっぱりとか、人間のフォルムにすごく関心があったんです。
でも曲線ばかり作っていると、今度は無性にキリッと角ばったものが作りたくなって、
急に大きな箱作りに熱中したり。当時はブランクーシに影響を受けてたんですが、
特に台座がいいんですよ。あんな台座が作りたいなあ、と思って」。
曲線、直線を散々研究しつくしたこの頃の経験が、伊藤さんの技術のベースとなり、
現在の作品にも反映されているようです。
そういえば伊藤さんのうつわには、彫刻とか建築を匂わせる空気感があります。

陶芸家 伊藤 環プロフィール
1971年生まれ。大阪芸術大学卒業後、京都にて山田光氏(走泥社創始)に師事。信楽 "陶芸の森" にて各国若手作家と競作の後、郷里秋月へ戻り、父 橘日東士氏と共に作陶。
2006年神奈川県三浦市三崎に開窯。
http://www.itokan.com/
次ページでは、いよいよ工房の中へ、そして展示会のご案内です。