中国/中国旅行のトラブル

中国における尖閣諸島問題の実態(2ページ目)

2010年9月7日、尖閣諸島沖の日本の領海内で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件「漁船衝突事件」を契機に、中国人の反日感情が高まりをみせています。このページでは、中国における尖閣諸島問題の実態について切り込んでいきます。

鈴木 晶子

執筆者:鈴木 晶子

中国ガイド

尖閣諸島(釣魚島)に関する中国での理解

尖閣諸島について中国ではどのような理解がされているのでしょうか? まずは中国のオンライン百科事典「百度百科(※)」で尖閣諸島問題がどのように掲載されているかを見ていきます。ちなみに百度百科の釣魚島列島(尖閣諸島)のページは2010年秋頃から一ヶ月に数回のペースでバージョンアップされています。ここで紹介するのは2012年4月27日にアップデートされた記事の「主権争い、日本との争い」という項目の内容です。

※中国最大の検索エンジン「百度」によるウィキペディアのようなもの。中国ではメインで使用されているオンライン百科事典。
百度百科

百度百科の尖閣諸島の紹介 http://baike.baidu.com/view/244478.htm#4

「日本語訳」
  • 日本側は数多くの歴史的事実を無視して、こともあろうに、日本人・古賀辰四郎が明治十七年(1884年)に同島を発見したことを言明している。この点については、古賀氏の息子が最高の回答をしている。彼は、父親がかつて釣魚島に行ったことがあるだけだと認め、最初に発見したという説を否認している。少なくとも中国人よりも(彼の発見は)400年以上遅かった。
  • 当時の琉球と日本も釣魚島の帰属は非常に明確なものだった。琉球政府編集の正史『中山世鑑』には、琉球に所属する36の島々が紹介されている。その中には釣魚島がなく、西端を姑米山(現在の久米島)とし、その中には釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼等の島嶼は含まれていない。日本は1605年、琉球に出兵し、攻略した。そして1610年、琉球の土地を測量した際も、釣魚島の島々のことは言及していない。清・乾隆五十年(1785年)、日本の仙台人・林子平による色彩画『三国通覧図説』では、釣魚島と琉球諸島は明確に異なる色であり、違いを表している。琉球に属する地域はすべて日本語の注釈があるが、釣魚島の島々にはそれがない。
  • 1874年、日本は琉球を併呑。1879年(清・清光?五年)、日清交渉の中で、日本は琉球を二分化し、沖縄以北を日本の帰属に、宮古・八重山を清国の帰属とすることを提起した。清は琉球王国を残したかったため、同意せず、交渉は決裂した。交渉の過程において、始終、釣魚島の島々について触れることはなく、釣魚島の島々が清朝の帰属だと示すことは疑う余地もない。
  • 日本が最初に釣魚島を占拠しようとしたのは清・光緒十年(1884年)のこと。当時、古賀辰四郎は鳥毛の採取に釣魚島へ行き、帰郷後、日本政府に同島の開発を申し出た。日本政府は1885年に沖縄県に秘密裡に調査を指示した。その報告には「本県と清国福州の間に分布する無人島の調査についてだが、『中山伝信録』に記載される釣魚台島、黄尾嶼、赤尾嶼と同一の島嶼なのではないか?もし、そうであるならば、すでに清国も琉球中山王を冊封する使船を遣わすのみならず、それぞれの島に名称を付け、琉球航海の目標としていることが明らかである。よって、今回の調査後に国標を建てるのは、妥当ではないと感じる」とある。このように、釣魚島を直ちに占拠するかどうかという問題については、日本の内閣で意見の相違が生まれた。日本の内務卿は国標建設を主張。そして、外務卿は「近頃、清国の新聞に、我が政府が台湾所領の島嶼を占拠しようとしているなどの風説を掲載して、我が政府に猜疑を抱き、しきりに清国政府の注意を促す者もいる」と提起し、このことから「国標を建て、開拓などに着手するのは、他日の機会を待つべきだ」と主張した。調べによると、当時の中国の新聞界は日本の動向に確かに強い反応を示していた。『申報』は7月28日に『文匯報』のニュースを一つ転載している。「台湾の東北の海島に最近日本が日本の旗をかかげた。どういう意味なのか、動向を待つ」。こういった状況下で、日本政府はしばし釣魚島占拠の計画は破棄せざるを得ず、沖縄県に「書面の問い合わせの件、しかと心に留めておくよう。目下、建設(国標建設のこと)はしてはいけない」と指示した。
  •  
読んでいくと日本での解釈と食い違いがあることが分かります。尖閣諸島について中国人にインタビューしてみたところ、ほとんどの人が「釣魚島(尖閣諸島)は北京や上海と同じ、中国の領土だよ」と言っていたのは驚きでした。もちろん、しっかりと事実を認識している中国人もいますが少数派です。

インタビューを通じて感じたことは、「尖閣諸島問題は“国レベルの問題”で、個人レベルで討論しても解決しない」ということです。中国人と関係が密になればなるほど、「なんとか分かり合いたい」、「分かってもらいたい」と思い、お互いにお互いの考えを言い合うのですが、政治的なことや戦争問題はアイデンティティーに関わる奥深い問題で、ほとんどの場合、相手に自分の主張を理解してもらうことはできません。たとえ中国人から話題をふられても、「政治的なことなのでよく分からない」などと言って避ける のが得策です。

尖閣諸島問題・中国の現状と治安

中国兵隊

治安維持に積極的に取り組んでいる中国。しかし油断は禁物!

前章で説明したように、中国人にとって尖閣諸島は自国の領土。そこに日本の海上保安庁の巡視船が侵入し、自国の漁船の船長が逮捕されたのですから、中国人にしてみれば「憤慨すべき事件」です。

日中戦争のきっかけとなった柳条湖事件の記念の日である9月18日には、北京の日本大使館、上海の日本領事館周辺を中心に、中国全国の都市部で日本への抗議デモが行われました。続いて10月16日に、四川省成都市、陝西省西安市、河南省鄭州市の三都市で反日デモが発生したことを皮切りに、各地で対日抗議行動が勃発しました。

2010年10月20日、中国政府は反日デモの再発を防ぐため、中国メディアに対し、対日抗議行動を含む日本関連の報道を厳しく規制する通達を出したことから、西安など各都市で起きたデモについての報道はなされていません。ただし、ネット上ではデモについての報道や、尖閣諸島は中国の領土だと主張する書き込みがなされており、依然ジャパンパッシングがヒートしました。

一方、町の様子はといえば、いたって平和。メディア規制されていたせいか、大多数の人たちは各地でデモが起きていることも知らず、尖閣諸島問題勃発前となんら変わらない生活を営んでいました。庶民が大きな動きを見せないのは2005年反日デモの際も同じでしたが……。

しかし今や、尖閣諸島問題は中国人の大きな関心事の一つ。「九尾ネット、尖閣諸島(釣魚島)最新ニュースページ」など、24時間体制で尖閣諸島問題をウォッチしているサイトがあるように、尖閣諸島に関する両国の動きが直接、日中関係につながることは避けられないでしょう。

そして、中国人の尖閣諸島への認識や気持ちは今後も変わらないのは確かです。いつ何時、なにかのきっかけで、再度大きな動きが起きるかもしれません。中国旅行の際は、こまめに「海外安全ホームページ」や「在中国日本国大使館ホームページ」 をチェックして、情報を収集するように心がけてください。


反日感情 中国旅行の注意点」、「中国の治安」、「北京の治安」も併せて読んでみてください。
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※海外を訪れる際には最新情報の入手に努め、「外務省 海外安全ホームページ」を確認するなど、安全確保に十分注意を払ってください。

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