世界遺産/インドの世界遺産

タージマハル/インド

「世界の王」シャー・ジャハーンが亡き妻ムムターズ・マハルに贈った純白の廟タージマハル。完璧なシンメトリーと白大理石が美しいインドの世界遺産タージマハルの魅力と、それにまつわる恋の物語を紹介する。

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王妃に贈る純白の恋 タージマハル

タージマハルに落ちる夕陽。ピンクに染まるタージマハルもひとつの見所

タージマハルに落ちる夕陽。ピンク色に染まるタージマハルもひとつの見所。当初の計画では、タージマハルの対岸に黒大理石造りの漆黒の廟を築き、ヤムナ川に橋を架けて両者をつなげる予定だったという

もし建築物単体を取り出して「世界でもっとも美しい建物は何?」と聞かれたら、「タージマハル」と答える人は数多い。美しい建築物は数あれど、タージマハルほど「アート」な建築物も少ない。同時に、タージマハルは世界でもっともロマンティックな遺跡でもある。今回は、その美とそれにまつわる伝説を中心に、インドの世界遺産「タージマハル」を紹介しよう。

タージマハルにまつわる王と王妃の恋の伝説

完璧なシンメトリーと純白の白大理石が美しいインドの至宝タージマハル

完璧なシンメトリーと純白の白大理石が美しいインドの至宝タージマハル。浮き彫り、透かし彫り、象嵌細工によるアラベスクなど、細部の美もまた至高

ある日、ムガール王朝第四代皇帝ジャハーンギールの第三皇子フッラームは、アグラ城で行われた宮廷バザールに参加した。バザールをのんびり楽しむフッラームだったが、ガラス玉を差し出してきたペルシアの美しい娘を見て固まった。娘の名前はアルジュマンド・バーヌー。ふたりはこの瞬間、恋に落ちた。フッラームは父の許可を得るとすぐにバーヌーと婚約した。このときフッラーム15歳、バーヌー12歳。5年後、ふたりは正式に結婚した。

タージマハルはほぼ正方形で、四方の角をカットした八角形。塔はミナレット

タージマハルはほぼ正方形で、四方の角をカットした八角形。塔はミナレット

1628年、ジャハーンギールが亡くなるとフッラームは第五代皇帝に即位し、世界の王=シャー・ジャハーンを名乗り、妃は選ばれし後宮の人=ムムターズ・マハルと呼ばれるようになる。王は他の王のように複数の妻を持つこともハーレムを築くこともなく、外征にも必ずムムターズを伴い、妻をいつもそばに置いた。ふたりは結婚生活約18年の間に14の子をもうけた。

しかし、ムムターズは最後の女児を出産したあと、1631年6月7日に亡くなってしまう。死に際してムムターズは夫に新しい妃をめとらないことを約束してもらい、安心して眠りについた。シャー・ジャハーンはあまりの悲しみに一夜にして髭を白くし、1週間公の場所に姿を見せず、2年間宴を催すことはなかった。

 

喪が明けるとシャー・ジャハーンは政治を半ば放棄し、妻の墓の建築を開始する。世界各地からあらゆる素材、あらゆる人材を集め、約20年の歳月と2万人の労働力を投入し、1653年、純白のタージマハルを完成させる。このあとヤムナ川を挟んだタージマハルの対岸に、黒曜石で真っ黒な自分の霊廟の建立し、その間を橋で渡す計画を立てていた。コーランがいう最後の審判の日、復活してその廊下を渡り、ムムターズと再会するそのときを信じて。

世界遺産「アグラ城塞」のムサンマン・ブルジュから見たタージマハル

世界遺産「アグラ城塞」のムサンマン・ブルジュから見たタージマハル

ムガール帝国がシャー・ジャハーンの迷走から力を失いつつあるのを見て、各地で民族蜂起が起こり、イギリスが侵略を強めた。同時に皇位継承戦争が激化し、結局息子たち4人の血で血を洗う闘争を経て、三男アウラングゼーブによってアグラ城のムサンマン・ブルジュと呼ばれる八角の塔に幽閉されてしまう。シャー・ジャハーンは塔の一室に横たわり、7年間の幽閉ののち、ヤムナ川のほとりに小さく見えるタージマハルを眺めながら息を引き取った。

アウラングゼーブは幽閉中、父に会うことはなかったが、父の死後、遺体をタージマハルに移し、棺をムムターズの隣に安置した。シャー・ジャハーンはムムターズ・マハルに寄り添い、復活の日を待ちながら、いまも眠っている。

※上の多くは伝説で、確証はない。シャー・ジャハーンはムムターズの死後も外征を行っているし、デリーに遷都さえした。ただ、タージマハルがムムターズに捧げられたものであることは間違いない 

更新日:2010年01月19日

(公開日:2006年03月19日)

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