魔物のパン
古くから伝わる土着の民俗信仰の話は興味深いものです。 日本には「福は内、鬼は外」という節分がありますが、ヨーロッパにも古くから、戸外から木の実を投げ込んでもらうという慣習がありました。昔の人たちは夜が長くなる冬至の頃、この世の終わりを感じて新たな年を祈りました。そうすれば、森の魔物が来年の実りを約束してくれると信じたのです。魔物というのは悪さをする悪魔のことではなく、森の精のこと。それがヴェックマンであり、クランプースなのです。樹齢何千年という木々がある森は、人々が憧れた永遠の命の象徴でした。
聖ニコラウス祭のお祭り
聖ニコラウス祭のシャープ(撮影:舟田詠子) |
オーストリアの聖ニコラウス祭のお祭りでは、シャープと呼ばれる麦わらのかぶりものをした人たちと、日本の男鹿半島の「なまはげ」のような面をつけたクランプースたちがムチを持って行進します。麦は豊穣を、仮面はこの世でないこと、つまり魔物を意味しています。ムチで叩く行為は木の命を人に移すためだといわれています。
聖ニコラウス祭のクランプース(左)、男鹿半島のなまはげ(右) (撮影:舟田詠子) |
民族習慣は自然発生的にその地方に起こるものですが、やがて キリスト教が入ってくると、「そんな土着の迷信はおやめなさい」ということになります。でもそう簡単にやめられるものではない。そこで魔物は実在の聖人、聖ニコラウスのお供、ということで妥協して、現代へと続いていくのです。
パン文化を知ることの愉しみ
古い伝統のあるパンは、背景を知らずに作るより、知って作ったほうが断然いい、と思います。「作る」を「売る」に置き換えても同じ。それはパンの仕事を面白くします。 そしてもちろん、知らずに食べるのと、知って食べるのとで、その味わい深さも違ってくるでしょう。わたしはそんなふうに思います。舟田さんのお話を、パンを作る人や販売する人、パンの好きなすべての人にお伝えしたいと思い、許可を得てレポートさせていただきました。
更なる情報は舟田詠子パンの世界へをご覧ください。