融資を始め各種の支援施策が整い、中小企業・小規模事業者の事業承継に大きな追い風

日本経済を支えてきた中小企業・小規模事業者が、次世代への引き継ぎができずに廃業を迫られるという危機に直面している。中小企業・小規模事業者の事業承継を支援する税理士の今村 仁さんは、この現状を当事者や関係者に認識してもらい、事業承継の準備を早期かつ計画的に進めることが必要だと強く訴えています。「幸い政府の方針により、事業承継支援のための補助金や税制優遇制度、融資制度も整ってきましたので、これらの支援施策を上手に活用することが重要です。顧問税理士等の専門家にも相談しながら、できるだけ早く準備を開始すべきです」。ではまず何から着手すればいいのでしょうか。承継のステップや注意点、乗り越える方策などを、今村さんに詳しく伺いました。

提供:日本政策金融公庫

お話をうかがった方

今村 仁(ひとし)

事業承継コンサルタント/All About 「中小企業・個人事業主の節税対策」ガイド:今村 仁(ひとし)

中小企業の節税専門家として執筆・メディア出演多数。また中小企業の事業承継について全国各地でコンサルティングも手がける。税理士、宅地建物取引主任者、CFP。『3か月でできる決算対策完全ガイド』など多数執筆

地域に根ざした事業を残していくため、今すぐ承継準備が必要な理由

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日本各地の中小企業・小規模事業者などから依頼を受け、事業承継のコンサルティングを行っている今村仁さんは、次世代への経営の引き継ぎに困っているケースが非常に多いと言います。

今村さん「しかも事業承継ができずに困る企業は、今後さらに増える見込みです。経済産業省が2017年秋に発表した資料では、今後10年ほどで、中小企業・小規模事業者の経営者の6割以上が70歳(平均引退年齢)を超え、しかもそのうちの半数以上が現時点で後継者未定となっているからです」

このままでは地域に根ざした事業を続けてきた企業や独自の技術で成長を遂げてきた企業などが、経営難ではなく、後継者不足で立ちゆかなくなる事態が次々に起こるかもしれないと、今村さんは強調します。

中小企業・小規模事業者の経営者の2025年における年齢と後継者の有無

今村さん「自分の会社やお店だから、自分の代でなくなっても仕方がない。そう考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし従業員や仕入先、懇意にしていただいたお客様などのことを思えば、まずは次世代への引き継ぎを考えるべきではないでしょうか。幸い、現在はお子さんや社内の役員・従業員への引き継ぎのほか、取引先への譲渡やM&Aなど、承継にはさまざまな方法が考えられます」

さらに中小企業庁を主体として事業承継を支援する公的補助金が設けられたり、平成30年度の税制改正により、事業承継税制に10年間限定の特例措置が設けられたりと、政策面でのバックアップも充実してきたと今村さん。

今村さん「加えて、最近は政策金融機関による事業承継のための融資制度も拡充され、事業承継に関するさまざまな資金ニーズに応えられるようになってきました。とはいえ、承継後も変わらぬように、あるいはさらに成長できるように、事業を円滑に承継させる・するには入念な準備が大切です。補助金や税制優遇制度、融資制度を利用するには、経営承継円滑化法に基づく認定が必要など、支援施策によって異なる利用条件を満たす必要があります。準備不足により、こうした支援施策が活用できなかったということにならないためにも、専門家にも相談しながら、今すぐ検討を始めていただきたいと思います」

たとえ後継者未定でも、自社・自店の現状把握や経営改善には早めに着手

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事業承継の準備をしなければと思いながらも、具体的に何をどう進めればよいのかを悩んでいるなら、以下の様な流れを念頭においてほしいと今村さんは言います。

今村さん「経営の基盤は『ヒト』『モノ』『カネ』といわれますが、最初に行うのは自社・自店の人材や設備を把握し、それらを活用した事業の強みと弱みを再点検して、現状を適切に評価することです。もちろん資産や負債、キャッシュフローの状況などを見直すことも必要でしょう。場合によってはM&Aを支援する会社などに依頼し、第三者の目から評価してもらうことも考えられます。また株式会社であれば現在の経営者も含め株主を整理し、集約した株を次の経営者に贈与・売却するなどにより、次の経営者が経営権を確保する手立ても考えなくてはいけません」

そうやって経営の現状や課題などを把握したら、次は承継に向けた経営改善を考える段階と今村さんは言い、経営の主軸となる事業や成長が見込める事業の強みを伸ばし、弱みを改善する一方で、将来性が期待できない事業や現経営者の個人的な技術や知識に過度に依存した事業を続けるべきかの見極めなど、事業の再構築や磨き上げを進めるようアドバイスするそうです。

今村さん「事業の再構築には時間もお金もかかりますから、これらのことは後継者が未定であっても早めに着手した方がいいでしょう。そうやって現経営者以外でも現状把握や事業運営ができるよう『経営の見える化・仕組み化』を行い、経営改善を目指しながら、後継者探しも並行して行うケースも決して珍しくはありません」

事業承継の準備段階で行う主な内容

早目に準備に着手すれば後継者を決めるまでに時間の余裕ができ、例えば子どもに経営を引き継ぐかを決めかねているなら一部の事業で舵取りを任せてみるといった検討期間を設けることもできると今村さん。また社内の説得や取引先などへの周知も時間をかけて行うことができます。これらは役員や従業員に引き継ぐ場合も同様とのこと。

今村さん「近年は社外の第三者に承継するM&Aも増えています。中小企業・小規模事業者におけるM&Aは、後継者不在の会社や老舗店を同業者が引き継ぐなどほとんどが友好的なもの。また中小企業庁が主体となって各都道府県に『事業引継ぎ支援センター』を設置しており、M&Aによる承継は以前に比べて容易になっていると思います」

承継に向けた経営基盤の強化や承継時の株式・事業用資産の買取りなどに必要な資金の捻出方法は?

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ただし、このような承継準備の段階および事業承継を行う時点では、それなりの資金が必要になる場合も多いです。

今村さん「例えば準備期間に必要な資金として、承継後の経営が順調にいくように、老朽化した設備の更新や新規事業への投資といった経営基盤の強化を図るための資金、現経営者の知人などが持つ株式を事前に会社に集約化するための資金などが考えられます。さらに現経営者の株式を、会社や次の経営者が承継時に買取るとき、株式の評価額によっては多額の資金が必要な場合があり、それをどう捻出するかは大きな課題となるでしょう」

こうした事業承継に必要な資金の調達については、まずお取引のある又はお近くの銀行、信用金庫等の金融機関に相談することが大事だと今村さんは言います。また、中小企業・小規模事業者の事業承継を支援する融資を行っている日本公庫では、事業承継前、事業承継時、事業承継後のそれぞれのステージにおいて必要となる事業承継に関する資金ニーズに、民間金融機関とも連携しながら幅広く応えているそうです。

今村さん「日本公庫は、事業承継前、事業承継時だけでなく、新たな経営者が事業承継を契機に、事業の多角化や事業転換等を行うための資金も広い意味での事業承継と捉え、対応可能としている点もユニークです」

また長く経営を続けてきた会社やお店では、現経営者が金融機関からの借入れの連帯保証人になっていることも多いと今村さん。次の経営者が債務を引き継ぐ際、会社の経営状況等によっては、金融機関に相談することにより連帯保証自体をなくせる可能性もあるそうですが、どのケースもうまくいくとは限らないとのこと。

今村さん「そうなると前経営者が連帯保証を維持する、次の経営者が引き継ぐ、連帯保証不要で借換えができる金融機関を探すなどが選択肢となります。残念ながら新たな経営者が連帯保証なしでの借換えを希望しても実現が難しいことも少なくないですが、まずはお取引のある金融機関に相談することが重要です」

準備不足で悔いを残さないよう、事業承継を「自分ごと」として取組みを

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事業承継は前述したように、承継前の自社・自店の現状把握から経営改善、後継者探しや育成、実際の引き継ぎまで長期にわたることがほとんどで、そのプロセスの中でさまざまな課題に直面することになります。悔いのない事業承継を実現するには、こうした課題の解決を支援してくれる制度などをうまく活用していくことが大切です。

[事業承継の主な課題と解決支援策の例]

・事業承継の進め方がよく分からない→中小企業基盤整備機構の各地域本部で専門家が無料相談に対応。このほかお取引のある金融機関への相談、日本公庫による事業支援のための参考資料なども活用

・後継者が親族や自社の役員・従業員に見当たらない→取引先の会社への譲渡のほかM&Aも念頭に、お取引のある金融機関、事業承継の専門コンサルタント、各都道府県の「事業引継ぎ支援センター」、商工会・商工会議所等に相談

・事業承継の準備資金や事業承継の際の株式・事業用資産の買取資金が必要→民間金融機関や日本公庫の融資などを活用

・事業承継後の相続税や贈与税を払う資金が必要→経営承継円滑化法の認定を受け、一定の条件を満たすことで、納税猶予の措置が受けられる

・事業承継後に地域ニーズに応える新商品や新サービスの開発のため資金面で支援が必要→事業承継補助金を利用して、人々の健康維持や高齢者の見守りなど地域に役立つサービスを提供

今村さん「事業承継の進め方について悩んでいる現経営者や次の経営者にとって、日本公庫のワークブック『つなぐノート』は、事業承継の検討に役立つ非常に優れたツールだと思います。事業承継を5つのステップに分け、各ステップの取組みについて『いつ着手して、いつ完了するか』をチェックするシートや、事業承継計画の策定を時系列でまとめる作業などを通じて、承継には非常に時間がかかることを実感していただけるでしょう。私はこれまで準備不足で思うような事業承継ができなかったケースも見てきましたから、このようなツールも活用しながら、とにかく事業承継の検討は早く始めていただきたいと願っています」