鶴見線に乗れば日本の近代産業史が見えてくる

武蔵白石駅から鶴見方面へ2駅戻り、浅野駅で海芝浦行の電車に乗り換える。

浅野駅
財閥創始者の名を冠した浅野駅
浅野の駅名は、明治の実業家で浅野財閥の創始者・浅野総一郎に由来する。浅野はこのあたりの埋立地を建設し、日本の工業発展の基礎を作った人物で、鶴見臨港鉄道の設立者でもある。もっとも、このあたりは埋立地だから、元々地名がなかったということもある。

その他にも、先ほどの武蔵白石は、日本鋼管(現・JFEスチール)の創業者・白石元次郎、安善駅は安田財閥の安田善次郎、大川駅は日本の製紙王と呼ばれた大川平三郎など、鶴見線の駅名には日本の近代産業史に出てくる人物が名を連ねている。

浅野から海芝浦行の電車に乗り込む。発車するとすぐ、線路は運河沿いに出る。左手に運河、右手に工場を見ながら新芝浦駅を過ぎると、キーキーと車輪を軋ませながら右に90度カーブし、終点の海芝浦に着いた。

海芝浦駅
運河に接した海芝浦駅ホーム
海が目の前に広がっていて、電車のドアが開くと潮の香りがする。もっとも海といってもここは京浜運河の端にあたる。その運河はホームの手すりの下まで来ていて、日本一海に近い駅はここだという人もいるくらいである。

運河の向こう岸は埋立地の扇島で、巨大な石油タンクが並ぶ。いかにも工業地帯といった風景の中を、貨物船や艀が行き交っている。首都高速湾岸線の鶴見つばさ橋を眺めるなら絶好の場所だ。

一般の人は駅の外に出られない海芝浦駅

海芝浦駅
出口の向こうは工場の敷地で立ち入り禁止
ところで、察しのよい方はもうお気づきと思うが、この海芝浦の「芝浦」とは、東芝の前身である芝浦製作所からとったもので、今も海芝浦駅前は東芝の京浜事業所となっている。というか、この駅に1ヶ所しかない出口はそのまま工場の入口でもあって、関係者しか駅を出られないという珍しい駅なのだ。

最近になって、ホームの先にその東芝が整備した「海芝公園」というちょっとした広場ができ、少しは行動範囲が広がったとはいえ、一般人はこの駅まで来てもどこにも行けないから、そのまま折り返しの電車に乗るしかない。

ホームの壁にはこんな張り紙があった。

『お客さまへ 当駅までの片道キップで、戻ることは出来ません。ご注意ください。(詳しくは、車掌にお聞きください。)お帰りのキップは、守衛所前の自動券売機(☆)でお買い求め下さい』

その下には図が書いてあり、守衛所内の券売機の場所が☆で示してある。

いろいろな媒体でこの駅が取り上げられているから、一般の人も多く訪れるようになったのだろう。しかも駅から出られずそのまま帰るわけだから、切符のことに気付かない人も多いことは容易に想像がつく。そのまま鶴見駅まで戻れば当然自動改札は通してくれないだろう。

海芝浦駅の名ガイドさんに感謝

海芝浦駅
工場の好意で造られたという海芝公園
券売機をたしかめに守衛所へ行ってみる。そばにいた守衛さんに、ここで切符を買う人はけっこういますか?と聞いてみた。すると「はい、最近は多いですね。土日は特に多いです」ということだった。中には、横浜の花火大会を見るために来る人もいるのだそうだ。

この守衛さんによると、横浜のマリンタワーも見えるという。そうなんですか、でもどれがマリンタワーかわからなかったですねえと言うと、じゃあちょっと行ってみましょうかと先に立って海芝公園まで私を連れて行き、

「あの頭がちょっと出ているのがマリンタワーで、あれが横浜ベイブリッジ、自動車輸送船が停まっているのが大黒ふ頭、赤レンガ倉庫のあたりは手前の建物の陰になって見えません……」

と、親切にもその方向を指差しながらガイドしてくれた。おかげで位置関係もよくわかってありがたかったが、その間守衛所が空になってしまっているから恐縮していると、「今の時間はもうヒマですから」と笑っていた。

海芝浦駅
ホームから鶴見つばさ橋もよく望める
そんなことをしているうちに発車時間が近付いた。守衛さんにもう一度お礼を言ってホームへ戻る。滞在時間が27分間では短いくらいだ。なお、私はホリデーパスを持っているので、切符を買う必要はない。

運転士も車掌も来た時と同じ折り返し電車は、楽しい海芝浦駅を音もなく発車した。



[関連サイト]
曹洞宗大本山總持寺(公式サイト)
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