『弔いの値段 葬式、墓、法事……いくら払うのが正解か?』(大久保潤・鵜飼秀徳著)では、多くの寺院や葬儀専門業者などを取材してきたベテラン記者が“リアル”な弔いの現場について解説しています。
今回は本書から一部抜粋し、「お布施の不透明な実態」について紹介します。
お布施に定価はない
弔いの値段で最も不透明で不安感があるのが、お坊さんに支払うお布施だと思います。これはある仏教団体の幹部僧侶から直接聞いたエピソードですが、例えばこんなことが実際にあるのです。夫が亡くなり、喪主の妻がお寺に葬式を頼んだところ、住職が連れてきた弟子がまず枕経をあげたのですが、その枕経だけで30万円と言われました。
枕経は故人の枕元でお坊さんがお経を読む最初の弔いですがいくら何でも高いと思い、葬儀全体の見積もりを見せてもらうと、戒名から初七日、四十九日の法要まで総額で600万円近くになっていました。
「こんなに払えません」と妻が言うと、しぶしぶディスカウントしてきたようですが、お布施に定価がないのをいいことに、法外な金額を請求するケースは実際にあるのです。
この幹部僧侶は「身内を亡くした上にお布施で苦しむ『被害者』を放置しては絶対にいけない」と率直に話してくれました。
全日本葬祭業協同組合連合会が2020年に公表した「葬儀に関わる僧侶の実態調査」では、お布施に「納得していない」「あまり納得していない」と答えた遺族の合計が53.8%と過半数に上りました。
その理由は「高額であるから」が71.7%と最も高く、「金額を強要された」といった不満もありました。
驚くのは大災害時でさえ容赦ない請求をするお寺もあることです。
そもそも戒名は必要なのか
お布施の金額を左右する最も大きなものが戒名(宗派によっては法名、法号)です。最も安い「信士」「信女」が30万円以上、その上のグレード「居士」「大姉」だと50万円以上などと葬儀会社の情報サイトには紹介されています。驚くほど高額です。
実際には、葬儀会社に「信女でいいです」などと伝えれば、それなりの金額で「葬儀一式」と一緒に請求されることになります。
かつては石原裕次郎や美空ひばりら著名人の戒名やその値段が週刊誌の特集記事になり、それが社会的ステータスのように注目されました。
その影響は一般人にも広がり、「戒名は高い方がいい」あるいは「高くても仕方ない」という感覚を生んできたのだと思います。
一般に「親より位の高い戒名をつけてはいけない」などと言われますが、そもそも戒名は必要なのかについてまず考えた方がいいでしょう。
保険ショップ「保険クリニック」が2017年に行った葬儀に関する調査では、「省略してもいいもの」で「戒名」を挙げた人が54.2%と過半数もいました。
仏壇に置く位牌に戒名がないとサマにならないと思うことはありますが、写真だけあれば位牌もいらないと考える人もいます。
「自分は死んだら戒名が欲しいと思うか」。
これもエンディングノートに書いておくことをおすすめします。
親がいらないと意思表示していれば、子どもも安心して「戒名も位牌もいりません」と言うことができます。これだけでも弔いに伴う費用とストレスはかなり軽減できます。
戒名にもある男女差別
余談ですが、男女別に付ける戒名には、費用とは別の問題も潜んでいます。その取材をしたことがあります。東京・浅草の浄土宗のお寺で、戸籍は男性で、女性として生きてきたトランスジェンダーの人の葬儀が行われました。
住職は参列した誰もが故人を女性と認識していたので、戒名の男性の「居士」ではなく女性の「大姉」と付けました。こうした例は増えていると思われますが、戸籍にしたがって男女別の戒名にする例は少なくありません。
やはり浄土宗のお坊さんで世界的なメーキャップアーティストでもある西村宏堂さんは、性別にとらわれない新しい戒名を考えています。
西村さんは「男性の体に生まれ、同性愛者だけど、心は男性でも女性でもない」という人です。西村さんは性別に関係ない戒名として「人」の字を使った「信人」「真人」「道人」を考案しました。
本来、仏教では死後の世界にジェンダーはない、とされています。西村さんは「すべての人が平等に救われるということを知ってほしい」と言います。
戒名も選択の幅が広がっています。
大久保 潤(おおくぼ・じゅん)プロフィール
1963年生まれ。国際基督教大学教養学部卒。日本経済新聞社入社後、社会部、証券部、那覇支局長、新潟支局長を経て、現在は東京本社くらし経済グループ・シニアライター。自治体や大学、経営者団体などでの講演も多数。
鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)プロフィール
僧侶、ジャーナリスト。1974年、京都・嵯峨の正覚寺に生まれる。成城大学文芸学部卒業。日経BP記者を経て独立。2021年に正覚寺住職に就任。主に「宗教と社会」をテーマに執筆、取材を続ける。大正大学招聘教授、東京農業大学、佛教大学非常勤講師。公益財団法人全日本仏教会時局問題検討委員会委員(学識経験者)。