そんな超高額マンションをめぐる販売の裏側と、富裕層が重視する3つのポイントを住宅評論家の櫻井幸雄氏が解説します。
常識では測れないマンションの売り方・買い方
東京や大阪、そして札幌、福岡といった大都市の中心部では、ケタ外れに高額のマンション住戸が販売されるようになった。販売価格が1億円を超える住戸に「億ション」の呼び名があるが、それよりもずっと高額なので「10億ション」とか「100億ション」と呼ぶべき超高額物件だ。それらは売り方が特殊で、買い方も一般の基準とは大きく異なるものとなる。
例えば、一般の人は知らされずに販売され、いつの間にか完売する、ということになりがちだ。その購入者は、サイトやSNSで情報を集めることはない。不動産会社や金融機関からの声がけで物件情報を得て購入を検討する方式となる。
また、販売センターで客同士が顔を合わせることもない。販売センターは「サロン」と呼ばれることが多く、1日2組とか3組の限定案内が普通だ。貸し切り状態でモデルルームの見学や商談が行われるなど、極めて特殊な世界となっている。
富裕層が重視する高額マンションのポイント
超高額のマンションを購入する富裕層が重視するポイント、つまり「この長所があれば、買いたい」と思う要素は何か。普通に思いつくのは住戸が広いことや、セキュリティーがしっかりしていること、住戸内の間取りや設備をオーダーメイドできることなど。しかし、それらは全て基本条件となることで、富裕層向け超高額マンションではごく当たり前のこととなる。それらがなければ、検討にも値しないと目される要素なので、重視ポイントではない。
富裕層が10億ションとか100億ションを購入するときは、そこから一段上がった特性が求められる。超高額マンションを複数見てきた経験から、頭に浮かぶ重視ポイントは3つある。
富裕層が重視するポイント1:特殊性
まずは「特殊性」。このマンションにしかない、という魅力があるかどうかだ。例えば、屋上に庭付き一戸建てのような住戸をつくる「ペントハウス」仕様とか、平均的な3LDK住戸の10戸分=700㎡もの広さでワンフロア独り占めする巨大住戸、そして専用プールが付いた住戸……いずれも、実際に日本で販売されたマンション特殊住戸の例だ。
そこまでいかなくても、超高層の最上階・角住戸で富士山が見えるといったケースも特殊住戸となり、富裕層の購買意欲を刺激する。そのような特殊住戸は、富裕層同士で取り合いとなることが多い。
その結果、地方都市では顔見知り同士で競うというのが起きがちで、街の話題となってしまう。夜の高級飲食店でホステスを交え、「どっちが買うのか」と盛り上がる。そうなると、競い合う2人は引っ込みがつかなくなる。
その結果、遺恨が残るのは嫌だと、「販売価格を高くしろ」と不動産会社に頼んだ富裕層も実際にいる。あまりに高額過ぎるとライバルが購入を諦めてくれれば、それでよし。「うっかり買ってしまったが、高過ぎたなあ」と頭をかく道化を演じたほうがよいと考えたわけだ。
富裕層が重視するポイント2:無抽選
つまり、「競って購入する」ことを富裕層は嫌う。抽選などせずに購入できる……「無抽選」販売となることが、富裕層が好む超高額マンションの2つめのポイントだ。物件についての説明を受けるとき、「その場所の資産価値」や「将来性」「周辺相場」などには関心が薄い。すでに調べているか、熟知しているのが普通であるからだ。そして、住戸の内装や設備に関しても興味はない。基本的に全て変更するつもりでいるからだ。住戸が引き渡された後、住戸内を全て壊し、つくり替えてしまうのも富裕層にありがちな行為だ。
富裕層が気にするのは「他の人は物件情報を知っているのか」「他に狙っている人はいないのか」。抽選になるのは嫌だし、抽選に外れるのはもっと嫌。だから、富裕層向けの超高額マンションは、公開せずに売られる=いわゆる“アンダー”で販売されることになってしまう。
富裕層が重視するポイント3:車の出し入れ
超高額のマンションを購入する富裕層が重視する3つ目のポイントは、マイカーの出し入れが楽なこと……これが、意外に重視される。まず、住戸専用の駐車場が用意され、ゆったり車をおさめやすいことが求められる。駐車スペースが広いだけでなく、駐車場内の通路も広いことも重要だ。係員が車を駐車スペースまで運転するバレーパーキング方式を採用する高額マンションもあるが、富裕層は必ずしも喜ばない。大事な車を他人に委ねたくないのだ。自分で運転しやすい駐車場が好まれるわけだ。
地下駐車場など屋根付きで、部外者が車に近づきにくい設計も求められる。理想を言えば、地下駐車場に個別のガレージを設け、自分のスペースだけシャッター付き。それなら文句なしだが、シャッター付きガレージと同じくらい安心な立体駐車場もよしとされる。その場合、立体駐車場はパレットが大型であり、「前入れ、前出し」が必須条件だ。
駐車スペースまでのルートも重視される。下り坂がある場合、その傾斜が緩やかである(車高の低い車でも底を擦らない)ことや、歩行者通路がある場合、車道と歩行者通路の段差が小さいことも重視する。非常に薄いタイヤを履くため、段差でホイールに傷がつくのを嫌がるからだ。
さらに、マンションに至るまでのルート=公道の状況も詳しく調べる。細く、曲がり角の多い道は論外。車の通行量が多い道も敬遠される。このように、マイカーの運転でストレスを感じないことをマンション購入の重要ポイントにする富裕層が多い。
このほか、小さくてもバルコニー付きが好まれたり、床の耐荷重や窓の大きさにも関心を示すなどプラスαの重視ポイントもある。
富裕層にとって住居は、単なる生活の場ではなく、自身の成功とプライバシーを守る究極のステータス。彼らの常識外れともいえる基準は、「誰にも邪魔されず、最高を追求する」という富裕層の本質的な価値観を明確に示しているのかもしれない。
文:櫻井幸雄
住宅評論家。全国で年間200件以上の物件を現地取材し、書籍や雑誌、新聞、テレビなど幅広いメディアで活躍中。著書に、『知らなきゃ損する!「21世紀マンション」の新常識 5000件見抜いた男が教える「見方・買い方」』(講談社)、『不動産の法則 誰も言わなかった買い方、売り方の極意』(ダイヤモンド社)、『買って得する都心の1LDK 借りるのは「負け組」』(毎日新聞出版)など