1億円以上物件の抽選倍率が139倍の謎
都心部の超高層タワーマンションは軒並み抽選販売となる事態が生じている。販売戸数以上の購入申し込みがあり、抽選で当たった人が購入できる状況である。そして、その競争倍率が異常に高くなっている。例えば、この春、品川エリアで販売開始された超高層タワーマンションの場合、最初の販売で200戸以上が売り出され、全戸が抽選に。2LDKでも1億円はくだらない高額物件なのに、最も人気となった高層階住戸は抽選倍率が139倍となった。最低でも3倍の抽選に。全てが1億円以上の住戸だったにもかかわらず、この倍率である。
なぜ、そんなに購入希望者が殺到するのか。理解に苦しむ人が多いのではないか。中国人やパワーカップルがこぞって申し込むから? 日本にはお金持ちが多いから? そのように想像したくなるが、それにしても購入申込者が多すぎる。驚くほど抽選倍率が高くなるのには理由がある。それは、1人で何口も購入申し込みを行うケースが多いからだ。
こう書くと、「今は購入制限を設ける物件が多いので、何口も申し込みできないはず」と思う人もいるだろう。確かに、購入申し込みを何十戸に入れることはできない。しかし、1人で2戸とか3戸の申し込みを入れることは可能。購入制限といっても、「1人2戸まで」とか「1人3戸まで」と定めているケースが多いのだ。
さらに、「1家族で3戸まで」といった制限を設けていないため、夫婦それぞれで3戸ずつ購入申し込みを行うケースがある。それを行えば、1家族で計6戸以上の申し込みが可能となる。さらに、申し込み本人が会社を経営していれば、その会社名義で3戸の申し込みができるので、実質的に1人で9戸以上の申し込みができる。
「これは間違いなく値上がりする」と予想されるマンションが売り出されれば、全国から投資目的の購入者が集まり、1人で何口も申し込む。そのために、抽選の倍率が跳ね上がる事態が生じているわけだ。
20世紀まで、申し込みは1家族1戸のみだった
1家族で何口も購入申し込みを行う……そのようなことが許されない時代があった。それは2007年、住宅金融公庫が廃止されるまでの時期だ。若い方はご存じないだろう、住宅金融公庫は今の住宅金融支援機構の前身である。住宅ローンの「フラット35」が生まれるまで、住宅購入者のほとんどは低金利の「住宅金融公庫融資(以下、公庫融資)」という公的融資を利用していた。その公庫融資の貸し付けを行っていたのが住宅金融公庫だ。
住宅金融公庫は国のお金を活用し、家を買おうとする人にお金を貸してくれた。国のお金を使うため、貸し付けに制限が加えられた。まず、公庫融資はマイホームを必要とする家族だけしか借りることができなかった。2つ目のマイホーム?ダメです。投資目的のマンション購入?冗談じゃありません、となったわけだ。
当時、ほぼ全ての新築分譲住宅(分譲マンション、建売住宅)は「住宅金融公庫の融資付き」となり、公庫融資を借りる前提で販売された。その公庫融資はマイホームを購入する人しか利用できなかったので、投資目的の人は排除された。投資目的の人が「公庫融資は利用しない。キャッシュで払うから売ってくれ」と言っても、それは無理です、と門前払いされたのである。
ちなみに、中古住宅であれば、公庫融資付きが存在しなかったので、投資目的の購入も、複数住戸の購入もおとがめなしだった。また、投資用に販売されたワンルームマンションも広さが公庫融資の基準に満たなかったので、公庫融資の対象外となり、購入の制限がなかった。
つまり、2LDKよりも広いファミリー向け新築分譲住宅の購入は、公庫融資によって投資目的の購入や住宅の複数所有を制限された側面があったわけだ。
しかし、前述したとおり住宅金融公庫は2007年に廃止され、住宅金融支援機構のフラット35に変わった。同時に「全戸公庫融資付き」物件がなくなり、フラット35を利用したい人は個別に申し込むことになった。その結果、投資目的のマンション購入や、1人で何戸も購入する動きに歯止めがかけられなくなったわけだ。今回のマンション価格上昇が始まったのは2015年くらいから。2007年に住宅金融公庫の融資が廃止されてから8年くらいたってからだ。
これも「ちなみに」の話だが、公庫融資では「利用者は日本国籍を有するもの」との一文を設けていた時期があった。この一文があれば、外国人のマンション購入は大幅に制限できたのであるが、いまさら言っても仕方のないことである。
何口も申し込み、複数当選すると……
2007年以降、新築分譲住宅は投資目的の購入がおとがめなしとなったし、新築分譲住宅を売る不動産会社は大手を振って1人に複数の住戸を売ることができるようになった。その結果、現在のように都心マンションに購入希望者が殺到し、高倍率の抽選になる事態が生じるようになったのである。現在、1人で何口も購入申し込みを入れる人は、なんとしてでも当選したい人たち……。が、何口も申し込むことのリスクもある。
それは、複数住戸で当選した場合、当選した住戸全てを購入しなければならないと定められるケースがあることだ。9戸に申し込みを入れ、そのうち5戸以上が当選となった場合、当たった住戸を全て購入しなければならない。「買えるのは1戸か2戸だけで他はキャンセルしたい」と申し出ても認めない不動産会社がある。
キャンセルするなら、当選した住戸全ての当選権を放棄することに……なかなかシビアな状況が展開されている。そのようなシバリを設けても、複数住戸に申し込みを入れる購入者が後を絶たない。理由は、「間違いなく儲かる」と信じているからだ。
投資目的の購入者が殺到するため、モデルルームの見学予約も取りにくいという状況も多くの都心マンションで起きている。そのような混乱を嫌う一部の購入検討者は、抽選販売の物件を避け、「先着順販売」の都心マンションを好むようになっている。今までの常識が通用しない時代になったのは、確かである。
文:櫻井幸雄
住宅評論家。全国で年間200件以上の物件を現地取材し、書籍や雑誌、新聞、テレビなど幅広いメディアで活躍中。著書に、『知らなきゃ損する!「21世紀マンション」の新常識 5000件見抜いた男が教える「見方・買い方」』(講談社)、『不動産の法則 誰も言わなかった買い方、売り方の極意』(ダイヤモンド社)、『買って得する都心の1LDK 借りるのは「負け組」』(毎日新聞出版)など