男のこだわりグッズ

実は「採点ペン」という商品名ではないけれど…子どもも大人も憧れる「先生のペン」として愛されるワケ

学校で先生たちが採点に使っていた独特な赤い軸で太字のペンを覚えている人も多いのではないでしょうか。それがプラチナ万年筆の「採点ペン」こと「カートリッジ式ソフトペン」です。発売から60年、今もなお愛されているロングセラーの歴史を伺いました。

納富 廉邦

執筆者:納富 廉邦

男のこだわりグッズガイド

採点ペンことカートリッジ式ソフトペン

プラチナ万年筆「カートリッジ式ソフトペン SN-800C」880円(税込)。軸色はレッドのほか、インク残量が見える透明軸(STB-800A)もある

プラチナ万年筆の「採点ペン」は、学校の先生が使っていたペンとして多くの人に知られ、また愛用されている筆記具の大ベストセラーです。その発売は1964年、なんと今年で60周年になります。
 

「採点ペン」は1964年生まれ、本名は「カートリッジ式ソフトペン」でした

「最初は“採点ペン”というつもりで作ったわけではありませんでした。今も商品名は『カートリッジ式ソフトペン』なんです。とはいえ今は、パッケージにも『採点ペン』と印刷してありますが」と、プラチナ万年筆株式会社開発本部の氣田忠史さん。

開発当時は、マーカーペン、サインペンが普及し始めた時代で、この「ソフトペン」も元々は、万年筆メーカーの考え方でマーカーペンを作ってみようという企画だったそうです。

「万年筆と同じ水性染料インクのカートリッジ式で、インク浸透式の樹脂ペン先のペンを作ったら、マーカーのような使い方をしてもらえるのではないかという発想です。

発売当初の宣材には『事務に、手紙に、スケッチ、答案の採点にアイディア次第で広く使える』と書かれています。中綿式のマーカーペンがすでに日本で発売されていましたから、そういう使い方をされるだろうということでこのように書いたのだと思いますが、最初から“採点用にも”と書いてあったのは面白いですね」と氣田さん。
1964年発売当時の宣伝素材

1964年に発売された最初のソフトペンの営業用チラシ。万年筆風のデザインながら、構造や機能は現行品とほぼ同じ。価格は300円(当時)だった

万年筆メーカーが作るマーカーペンという発想は、例えば、インクがカートリッジ式であるとか、インクをペン先に効率よく送るためのペン芯のような働きをする蛇腹状のパーツが内蔵されているとか、ペン先も交換できるといった部分に表れています。

この機能が、大量に丸をつけ添削する「答案の採点」という作業に、とてもマッチしたのでしょう。

何といっても、インクの補充が簡単で、ペン先が使えなくなっても交換パーツがあって、しかも、樹脂の柔らかいペン先ながら、筆圧であまり描線の太さが変わらないので疲れにくいわけです。これは、採点のために作られたようなものだと、多くの人に受け入れられたのでしょう。

スイスイと太い線が書けてインク交換も簡単という性能が採点の現場にハマった

採点ペンで採点中

染料インクならではの優しい赤と、柔らかく疲れにくいペン先、ちょうどいい太さの描線と、採点に最適なペンであることは今も変わらない

「ボールペンだと、どんどん丸をつける作業などではインクが付いていかないというのと、線が細いというのはあったのだと思います。やはりマーカーペンのほうが線が太いし、インクの出がよかった。それに、カートリッジ式で簡単にインクが交換できるというのは、確かに採点向きですね」(氣田さん)

プラチナ万年筆といえば、カートリッジ式インクを開発したメーカーですから、そのあたりのノウハウも他社に先行していたということもあったのでしょう。

しかもうれしいのは、そのカートリッジの規格自体は現在も変わらず、万年筆用も採点ペン用も、プレピー用も同じものが使えるということ。もちろん、それぞれのペン先に合わせて、トラブルが起きにくいように作られているので、それぞれの専用インクを使うことが推奨されています。

ただ、ユーザーの間では、筆者を含め、お気に入りの万年筆用カートリッジを「採点ペン」や「プレピー マーキングペン」などに入れて使うことも多いようです。インク詰まりを起こしても、ペン先が替えられるのが魅力。もちろん、メーカー保証外ですから、自己責任です。
箱入りで売られていた時代の交換用チップ

1970年代の交換用チップのパッケージ。当時は「ティップ」と表記していた。発売当初から、チップ(ペン先)を交換できる仕様で、長く使える製品だった

実は、プラチナ万年筆側も、採点ペンとしての使われ方がどの時点で、なぜブレークしたのかは把握できていないのだといいます。

「いまだに、“採点ペン”として愛されている理由というのは、本当のところは分からないのですが、かなり発売当初から採点の現場で使われていたようですし、今思うと、先生方が要望する機能と価格から、当時はこれ一択みたいな状況だったのかもしれません。おそらく最初に誰かが学校で使っていて、それを見た人がよさそうだと使い始めて……など、そのようなことが全国の学校であったのでしょうね」(氣田さん)

しかし、70年代後半には、筆記具は一気に多様化しています。その中で、今も人気を保っている秘密は何なのでしょう。

「いろいろな筆記具が出てくる前に、定着してしまったということもあるとは思います。今でも使われているユーザーの方から手紙などを頂くことがあるのですが、そこでは、『先生が使っていた憧れのペン』とか、『自分が生徒だったときに先生が使っていたのを見て憧れて、自分が先生になったときに使って感動した』といったことがよく書かれています。それには、ペンのデザインが特徴的だったということも大きいと思っています」(氣田さん)

「採点ペン」の歴史を振り返る

ソフトペンの過去のラインアップたち

ソフトペンの過去のラインアップ

確かに、「採点ペン、知っている?」と聞くと、多くの人が「あの先が黒くて軸が赤い、先生が使っていたペンね」と答えてくれます。

製品としては、赤軸と黒軸の2種類が長く販売されていましたが、売れ行きは赤軸が圧倒的だったそうです(現在は、赤軸と透明軸の2種類が販売されています)。そのくらい、あのデザインも込みで、多くの人の記憶に残っているのでしょう。
1972年以前の万年筆風ソフトペン

1972年以前のモデルは、このような、万年筆を意識したデザインだった

基本的な構造や機能は、発売後60年間ほぼ変わっていないのですが、デザインはその間にさまざまなものが登場しています。何より、最初の製品は金属軸で万年筆らしいスタイルでした。それで、当時の価格で300円。そこから14年後の78年に出た普及タイプが600円なのですが、現在のモデルは880円(税込)ですから、そのコストパフォーマンスの高さも人気の秘密なのかもしれません。

一度ペンを買ってしまえば、消耗するペン先は「専用替えチップ」110円(税込)を、またインク220円(税込)を交換することで使い続けることができるわけです。まさに“プロの道具”といった趣ですね。
1972年発売、赤軸のソフトペン

1972年に発売された、赤軸のソフトペン。ここから赤軸の歴史が始まる

 
1978年発売の普及型ソフトペン

1978年発売の製品から、現行品に近いデザインとパッケージでの販売となった。価格は600円(当時)。ここから、現在まで200円しか上がっていないのも驚きだ

現行製品である「SN-800C」は、2011年4月の発売。このとき、ペン先が乾きにくいようにキャップの構造を変更しています(「スリップシール機構」は搭載していません)。他にも、クリップの強度の改善、インク漏れ防止機構の搭載、軸の形状を見直して筆記時の疲労度を軽減するといったリニューアルが行われています。
1992年に発売されたSN-800

現行品の一つ前、1988年に発売された「SN-800」。この短いクリップなど、今見るとかなりモダンなデザイン

個人的には、その前の「SN-800」という1988年に発売されたモデルを、校正用に使っていた時期が長く思い出深いのですが、あれがもう30年以上前になるわけです。しかも、基本的な配色などは現行製品と同じです。

赤い軸の製品は1972年にはすでに発売されていますから、イメージとしては50年くらい変わらず、「採点のための道具」として、多くの人に愛されているということでしょう。

今でも手書きが求められる採点現場のための「プロの道具」

現行品のパッケージデザイン

この黄色のバックに赤の斜め線というデザインは、かなり前からパッケージに採用されているデザインで、ソフトペンの目印にもなっている。それは写真の現行品にも継承されている

「学校だけでなく、塾や通信講座など、手書きによる採点が必要な現場というのは案外多岐にわたっているんです。やはり、採点される側にしてみると、ボールペンで書いた細い丸より、太い丸と“100点”とか書かれた数字のインパクトに、大きな喜びがあると思うんですよ。採点する側も、筆圧にあまり関係なく太い線が書けるから、疲れてきても弱い線にならないということもありそうです。あと、ボールペンだと、下の紙に跡が付いてしまいますが、これだと付かないんですよね」(氣田さん)

今でも手書きが必要な現場の専用ペンを、手書きの魅力を伝える万年筆メーカーが作っていて、それがロングセラーになっているというのは、時代の必然のような気もします。

「でも、このペンは皆さんご存じですが、これがプラチナ万年筆の製品だということは、あまり知られていないかもしれません」と氣田さんは笑います。ただ、生活や仕事に密着して使われているロングセラーの文房具というのは、そういうもののような気がします。

「パッケージデザインなども変えてしまうと“探しにくくて困る”というお声を頂くこともあります。ここまで長く愛されていると、デザインも大きくは変えられませんし、よかれと思って変えたことが逆効果ということもありますから難しいです。ただ私たちも、これは作り続けなければならないという使命感があります」と氣田さんは言います。そういう製品だからこそ、プロの現場で安心して使えるし、そんなふうにしてプロの道具は生まれるのでしょう。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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