インキ開発はアクセルを踏んで、チップ開発はブレーキを作る
低粘度のインキが大量に出ると、ボテなども起こりやすくなります。大量にインキを出しつつも、実用品として使えるようにするのは、未使用時には“インキをきちんと止める技術”も必要になるわけです。「そこは苦労しました。今までの油性やゲルなどで培った知見を応用しても、何かうまくいかないし、こっちはいいけど、あっちでは悪くなるようなことを繰り返しながら作りました。もう泥臭く、さまざまな策を書き出しては試して、このパターンではこれが一番効いたから、これと組み合わせて……といった具合に実験していきました」と太田さん。
このプロジェクトでは、書き味をよくするためにインキをドバドバ出すという方向で進みました。ただ、インキを出しすぎるとボテという不具合につながるので、筆記時や未使用時に、チップによってインキをきちんと止める技術、つまりアクセルとブレーキのせめぎ合いのようなものでしょう。
「インキは、アクセル全開で作っているんです。ブレーキはチップでやってもらう。もちろん、多少はインキでもブレーキは考えるのですが、割合としては8:2くらいでアクセル主体です。粘度が低ければ書き味が良いかというとそういうわけではないのですが、書き味の良さをだめにしてしまわないギリギリまではアクセル主体で行こう、インキがたくさん出るという点は大事にしようというのが、『ヌル3』からずっと続いている方針でした」と山崎さん。 そうして、インキとチップをお互いに改良しながら開発は進んだそうです。同時に、デザインも出来上がっていきます。
「方向が決まってからも、これをどういう特徴として売るのかとか、どうやって発信するのかといった具体案はありませんでした。なので、とにかくメンバーで試し書きをして、まず言語情報をいっぱい出してもらおうとしたんです。そうしたら言葉では言い表せないという感じだったので、絵でもいいから表現してみようとなりました。
すると、海の中を泳ぐようだとか、グライダーで空を飛んでいる感じとか、スケートで滑ってるようだとか、自分から走っていくようにも感じるなど。あとオノマトペですね。ヌルヌル、ズルズルするとか。とにかくいろいろな方向から表現をしてもらったものを集めて、その中から共通する要素を抽出するという感じで形にしていきました」と柴田さん。
低粘度インキが大量に出るという特徴の新しさ
摩擦が少なく“浮遊感のある書き心地”で書ける、筆圧があまり必要ないペンだから、安定しない手持ちのメモ帳などにもスムーズに書くことができる
達成目標が数値では表せないので、当然、作業はひたすら試作しては書いてみるの繰り返しになります。その中で、発見した可能性を積み重ねた結果出てきた製品なので、とりあえず製品特徴として挙げられている「低摩擦」という言葉だけではくくれない、もっと感覚的な何かがあるというのは、筆者自身、使ってみて感じるものがありました。 これはあくまで私見なのですが、この「FLOATUNE」が他の低粘度油性ボールペンと最も違っているところは、“紙を選ばず気持ちよく書ける”という点ではないかと感じています。
販促品的に企画され、発表会で配られた、喫茶店の紙ナプキン入れに入ったメモがあるのですが、これは、「FLOATUNE」はどこでもさっとストレスなく書けることを表現したもの。それを面白いと思った筆者は、実際にカフェの紙ナプキンでメモを取ってみたところ、筆圧をかけずにしっかり書けることもあって、普通のメモ帳に書いているようにスムーズに書けて、それこそ「WOW!」と思ったのです。 考えてみれば、低摩擦で筆圧をかけないほうが特徴が分かりやすく、インキがたっぷり出るペンですから、紙質に影響されにくいのはもっともなことです。ボール径0.3mmなどの細字タイプがカリカリせずに書けるのも、このペンの特徴からすると当然かも知れません。
「書き味」というのは個人の好みですから、どれが最高というのはないと思っていますが、また面白いボールペンが出てきたのは、とてもうれしいことだなと思うのです。