今回、筆者がここを訪れたのは「テンプルステイ」に参加するためだ。テンプルステイとは、寺院に滞在しながら、仏教の世界観に触れるプログラムのことで、韓国の200以上の寺で実施されている。
主に心と体を休めることを目的とした「ヒーリングタイプ」と、修行体験を目的とした「体験タイプ」があり、日帰りのものもあれば、宿泊を必要とするプログラムもある。老若男女、誰でも参加可能で、通訳(主に英語)が同行する外国人専門のプログラムも旅行客らに人気がある。
寺院で過ごすひととき
筆者は昨年初めてテンプルステイに参加した。何年も前から一度行ってみたいと思いながら実現できずにいたが、友人の1人が「自分を見つめ直す時間がほしい」と言ったのをきっかけに、女性3人で日常からしばし離れてみることにした。普段は夢の中にいる、まだ辺りが暗い時間に起きて祈りを捧げる。早朝のピンと張りつめた空気が心地よく、梵鐘が鳴り響く音に心洗われる。
そのとき、参加したのはヒーリングタイプのプログラム。定時の礼拝行以外は自由に散策したり、部屋で休息を取ったりするもので、比較的自由な時間が多かった。そのおかげで、久々に「何かをしていなくてはいけない」という、常に何かに追われているような焦燥感から解放された時間を過ごすことができた。
筆者の横で寝転がる友達の1人は「こんなにリラックスした時間を過ごすのは何年ぶりだろう」とつぶやき、散歩から戻ってきたまた別の友人は「境内にただ座ってぼーっとしていただけだけど、なんかよかったなぁ」とつぶやいた。
どこかの観光地へ旅行に行って気分転換をするのとはまた違う「癒やし」があるようだった。寺院の厳かな雰囲気と匂いに包まれて過ごすことで、なんとなく心が穏やかになっていくような気がする。こうしてテンプルステイがすっかり好きになってしまった筆者は、訪れる寺院を変えて今回海印寺にやってきたというわけだ。
今回参加したのは、体験型のプログラムで、2日間(1泊2日)海印寺に滞在しながら、 普段見ることのできない「大蔵経板殿」の見学、寺院内巡礼、本堂での礼拝行、数珠づくり、大蔵経の印刷体験などを行うもの。一連の内容をこれから紹介しよう。
1日目
海印寺のテンプルステイエリアに到着すると、まず部屋へ。部屋は4人部屋、2人部屋、1人部屋の3種類あり、ベッドか布団を選択できる。今回筆者は1人部屋の、布団を使う部屋を使用した。入室する前に、きちんとのりのついた洗濯済みの布団カバー一式を渡されるので、これを自分で布団にかける。このとき一緒に受け取った作務衣にも似たチョッキとズボンを着用したら講堂へ。 オリエンテーションがあり、韓国仏教とスケジュールの説明を受ける。筆者が訪れた日は韓国の人だけでなく、複数の国から来た外国人も数人おり、彼らには通訳がついていた(英語)。 その後担当の和尚さんが境内の案内と各建物の説明をしてくれる。話し上手な方で、時々冗談を交えながらテンポよく、面白く解説をしてくださった。そういえば、昨年訪れた別の寺でも、担当の和尚さんは説明上手な方だった。話すことが好きな方が担当されているのか、それとも担当しているうちに話し上手になるのか……。 きっかり18時5分、夕食の時間。もちろん精進料理だ。食器を持って列に並び、バイキング形式でおかずを自分の皿によそう。食堂ではおしゃべりは厳禁。アルミの食器に箸が当たるカシカシという音だけが響いている。
食事時間は15分のみ。短いけれど、食べることに集中しているので時間は意外にも十分であった。 食事後は仏殿四物とよばれる梵音具(ぼんのんぐ)を使った仏教儀式を見学する。梵音具とは、音が出る仏具のことだが、韓国の寺院では、大きな釣り鐘の梵鐘、太鼓、魚の形をした大きな木魚、鉄製の楽器で雲のような形をした雲板の4つのことを指す。
18時38分きっかりに、4人の和尚さんがそれぞれの梵音具を鳴らし始める。胃の底の方まで振動が伝わってくるような、梵鐘の荘厳な響きが良い。20分ほど見ていたが飽きなかった 続いて室内にて数珠づくりだ。これは修行らしさがある。なぜなら、五体投地を108回連続で繰り返すからだ。糸に主玉を1つ通すたびに五体投地をする。立ち上がって、そしてしゃがんで、床に頭がつくほど前傾になってから、玉をひとつ糸に通し、また立ち上がる。
これを108回繰り返すのだが、実際にやってみると結構きつい。昨年は太ももが筋肉痛になったし、今回はなぜか上腕二頭筋まで痛くなった。誰かがつぶやくのが聞こえた。「これ、ある種の運動だな」。そうそう! 心の中で同意する筆者。祈りが体をも鍛えてくれるなら一石二鳥だ。 数珠づくりが20時20分に終了し、この日のスケジュールはおしまい。部屋に戻り就寝の時間だ。もちろん起きていようが、すぐ寝ようが勝手だが、なにせやることがない。パソコンがないから仕事もできないし、片付けなければいけない家事もない。そうしてふと思う。「たまにはこういう日が必要かもしれない。何もしない日があってもいいんじゃないかな」と。
部屋を出て建物の周りを少し散歩する。静かだ。近くを流れる川のせせらぎと風鈴の音がかすかに聞こえるだけ。星は見えなかったが、黒いシルエットとなった山の稜線(りょうせん)と、その上にぼんやりと見えるおぼろ月が美しかった。
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