TRION(トライオン)「Nothing トート縦型」4万4000円(税込)。サイズ:W25×H32×D6cm、約500g。購入はオンラインストアから
カトラリーや土鍋から、大根おろし、ルーペ、セキュリティーゲートに信号機まで、幅広い製品のデザインを手掛けている秋田さんですが、革素材の製品は、この「Nothing」シリーズが初めてでした。
工業デザイナーが初めて手掛けた革製トートバッグ「Nothing」ができるまで
「バッグをデザインするという話は、前に一度あったんです。革製品の工場をやっている方とご縁があり、私のデザインを気に入ってくださって、製品の提案などもしていたのですが、コロナ禍などもあって流れちゃったんです。実は、そのときに描いたスケッチが『Nothing』の原型になっています」と秋田さんは当時を振り返って話してくれました。さらにそれ以前に、ランドセルをリニューアルしたいという相談を受けたときに考えていた形があったと言います。しかし、それも実現には至りませんでした。秋田さんはそのときのデザインをとても気に入っていたため、いつか、同じようなコンセプトのバッグを作りたいと考えていたのだそうです。
結果的にそのとき考えていた形が、トライオンの考えるシンプルだからこそ便利な革製ビジネスバッグを作り続けてきたというアイデンティティーと呼応したのでしょう。 2枚の壁が立っているようなトートバッグというのが、秋田さんのコンセプトでした。そこに、トライオンが扱うさまざまな革の中でも、最高級のカナディアンキップレザーを使い、B4が楽に入る大きさで、マチは7cmという薄マチながら、荷物を入れなくても自立するという独特な製法で実現したのが「Nothing」でした。
「ランドセルは本当に残念に思っています。サンプルまで出来ていたんですよ。それがとてもかわいくてカッコいい、いい出来だったんです。私のスケッチ以上にいい仕上がりで。構造や製法まで考えていたんですよ。そのときに、普段使っている金属や樹脂ではなく、革だからこそ生まれる丸みのようなものの魅力も感じていました。周囲の評判も良かったし、私としては珍しく、思いが残っていたんでしょうね」と秋田さん。
その思いが形になった「Nothing」は、一見、切り立った凛としたシルエットながら、使ってみると実は柔らかくて、持ち歩いていて角が当たっても全然痛くない、あまり世の中にはない「かたやわらかい」バッグです。
あえて仕切りやポケットを廃して、なんでもポンポンと入れられるトートバッグの構造と、フォーマルな服装にも似合う革鞄としての美しさの融合は、TPOを選ばずにラフに使えるけれど、大切に使いたいという気分にもさせる心地よい緊張感があります。
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