画鋲やピンの把手部分に別の機能を持たせたい
「画鋲やピンは、僕自身も建築事務所で壁に図面とかを貼るなどして使っていたんですけど、いろんな形はあっても、機能としてはどれも同じなんですよね。刺して貼るという。つまり、画鋲やピンというのは構造を簡単に言えば、針先と把手という2つから出来ているんです。針は壁に刺す必要があって付いているんですけど、ほとんどのピンの把手部分は指先でつまむようにデザインされています。そこに、何かもうひとつ、つまむだけではないプラスアルファの機能を持たせられるのではと考えた結果、把手部分がフック形状のものになったという感じです」という赤崎さんの説明は明快で、とても納得できました。
「開発当初は、他にもいろいろな形状を考えていたんです。丸だったり三角だったり、それぞれが違う機能を持っていたんですけど、アッシュコンセプトさんと一緒に開発を進めていく過程で、四角だと他の機能も担えたりして、最初の製品としていいのではないかということになりました」と赤崎さん。
開発には、まずどんな形にするかということ以前に「1本の線を曲げる」ということにポイントを置いていたのだそうです。曲げ方によってさまざまな機能が持たせられるというのがアイデアの原点だったわけですね。
直径0.8mmのピンが1kgの重さに耐えられる理由
この形状と細さなのに、耐荷重約1kgが実現されているのにも複数のアイデアが使われています。ひとつは、この細さなのに、指で曲げようとしても簡単にはたわまない“硬さ”です。「そのバランスというか現象がデザインとして面白いと思いました。見た目は繊細なのに実はとても硬くてすごく耐荷重もあるみたいなギャップが結構面白いかなと。もっとも、初期の段階から、そういう現象を狙ったわけではないんです。耐荷重は上げたいし構造はしっかりしたいということを考えていました」と赤崎さん。 壁を飾る商品を作るというより、掛けたいものが掛けられるということを重視したいというのが初期からのコンセプトだったのですね。ただ、極限まで細くしたいというデザイナーとしての考えと、耐荷重を重視するという実用性は、相反する考え方。それを両立させようという考えはどのように生まれたのでしょうか。
「これは建築家あるあるなのかも知れません。建築って、なるべく柱は細くしたいけれど、しっかり地震にも耐えられるようにするということを普通に考える業界なんです。そういう発想がバックグラウンドにあったのかもしれません」と赤崎さん。
この硬さを実現しているのは、鉄は熱を加えると硬くなるという現象、日本刀などで使う「焼入れ」という手法です。この製品の場合は、鋼材を曲げた後で、この熱処理が行われています。この方法自体は広く知られているものですが、赤崎さんがアッシュコンセプトや工場と打ち合わせする中で、結果的には、赤崎さんが考えていた以上の硬さを実現できたのだといいます。 また、耐荷重についてはその硬さだけでなく、コの字の形状も重要な要素になっています。ピンをしっかり最後まで壁に差し込むことによって、コの字の1辺が壁に押し付けられ、それがフック部分に掛かる重さを分散させることでも耐荷重が増えるのです。
さらに、フックなので重さは下方向にかかるのですが、ピン自体は下向きにならず、モノを引っ掛けたときにピンが回りにくい形状なので、結果として抜け落ちにくいという利点もあります。
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