お金持ちと貧乏な人の思考の違いとは
お金持ちになれる思考、そのひとつに、お金持ちはものごとを否定から入るのではなく、「チャンスとリスクの両方をバランスよく見て、リスクを想定し低減する方法を事前に考えておく」という姿勢が挙げられます。だからリスクよりもチャンスが大きいと判断したなら、リスクを回避しつつも挑戦するのです。 一方、貧乏な人は、チャンスだけを見てリスクを考えないとか、逆にチャンスには目を向けずリスクだけにフォーカスする傾向があります。前者は宝くじを買ったり、金融商品でも過大な取引をして一攫千金狙いをするタイプ。後者は「リスクが高すぎる」「失敗したらどうするんだ」とリスクばかりに目が向き、行動を躊躇したり、「自分にはムリ」とあきらめてしまったりということになりやすい。
「チャンスとリスクの両方のバランス」を考えることが大事
この2つのバランスを考えられない典型的な人とはコロナ禍による「自粛警察」「マスク警察」でしょう。そもそも「移動=感染」「ノーマスク=感染」ではなく、感染の原因は「飛沫」ということが初期段階からわかっていました。だから飛沫が飛ばなければ感染はしない。移動そのものでは感染しないし、密室でもしゃべらなければ感染しない。
外国人も入国せず、国民のほぼ全員が感染対策をしていた2021年~2022年でも、あれだけの感染者がいたわけですから、マスクの効果はみなが思っているほどないというのは明らかです。
なのに、ほとんど誰もしゃべらない電車や非対面の新幹線車内でのマスク着用率は、ほぼ100%。外を歩いている人も同様で、みなほぼマスクをしている(冬場はのどの乾燥対策、春先は花粉対策という人も多いですが)。
一方、会話が多く飛沫が飛びやすい、しかも対面でしゃべる飲食店での会食中は誰もマスクをしていませんが、注意をする人もいない。つまり感染リスクが低いシチュエーションでマスクを着用し、感染リスクの高いシチュエーションでマスクを外しているという、この矛盾に異を唱える人は少ない。
また、鼻だけを出しているいわゆる「鼻マスク」で、プロ棋士が失格になったとか、議会での発言を禁じられた議員がいたなどのニュースもありました。これも冷静に考えれば鼻はしゃべらないですから、くしゃみをしない限り飛沫は飛ばない。飛沫が飛ばなければ感染リスクは低いわけで、結局は見ている人の気分の問題、もっと言えば偏見に過ぎないといえなくはないでしょうか。
かように科学すら超越する言動や状況が横行しており、私の意見としては、これは何かの宗教なのかと思わざるを得ない印象です。もちろん、マスクをしなくてはならない事情がある人もいるでしょうが、感染対策についても、物事のメリットとデメリットを考えなくてはなりません。
子どもは新型コロナウイルス感染症に感染しても重症化しにくく、感染してもほぼ軽症か無症状だというのも初期からわかっていました。さらにマスクの着用を推奨していました。マスクも弊害があり、たとえば表情から感情を読み取る情緒的発育が阻害される等の問題が指摘されています。
そう考えれば、ワクチンもマスクもメリットとデメリットを考えなけばならないはずです。
そう、コロナ禍は「チャンスとリスクの両方のバランス」を考えられない人があぶり出された、と言えなくもないでしょう。
お金持ちになるには、どう思考し、どう行動すればいいのか
実際、私の周囲の経営者仲間の多くも飲食業や観光業を始め、コロナの影響を受けていますが、SNSでつながっている彼らのコメントを見ていて気が付くことがありました。彼らは2020年の早い段階からオンラインやリモートワーク、ネット販売や店舗の統廃合に踏み切り、会食や打ち合わせ、旅行なども2021年初頭には平常運転になっていました。
行動すべき時にはチャンスとリスクのバランスを考慮しつつ動いたと言えます。これが緊急事態宣言に踊らされて自粛していた人との大きな違いのひとつでしょう。
他人や未来は、必ずしも自分の思い通りにはなりません。
だからこそ、頼らない、依存しない、自分の力で切り開くことを前提に判断を重ねている。また、事業や投資にはリスクはつきものです。リスクがあってもそれを上回るリターンが見込めるかどうか、リスクをヘッジする方法はないか、そのリスクに直面したならどう対応するかを考える。そしてあらゆる出来事を「自分の責任です」と言い切れるように行動している。
こうしたリスクとリターンのバランスを考慮する視野の広さと思慮深さ、自己責任意識の強さがあるからこそ、彼らは起業し成功を収め、富裕層になったのだと考えられます。
マスクから鼻が出ているかどうかとか、マスクの素材が不織布か否かなどと騒いでいる人には出てこない発想でしょう。