とはいえ、結婚を機に急変するわけでもない。結婚後、徐々にわかってくることが多いのだ。生活をともにしないと見えてこないことがある。
妊娠を機に徐々に高圧的になった夫
「付きあっているときは、むしろ尽くしてくれるタイプでした。結婚後も共働きだったから、さらりと家事をしてくれた。でも私が妊娠したとわかると、『もうちょっとふたりで過ごしたかったな』とぽつりと言ったんです。その後、つわりで苦しんでいるころは、ちょいちょい無神経な言葉を投げかけられました」そう振り返るのは、ルリさん(35歳)だ。4歳年上の彼とは1年ほどつきあい、30歳になる直前に結婚した。
「つきあっているときはとにかくマメに連絡をくれて、風邪をひいたといえば夜中でも車を飛ばして来て看病してくれた。結婚後は夫の実家近くにマンションを借りたんですが、義父母が介入してくることもなく、穏やかに暮らしていました」
妊娠発覚後、仕事中は元気なのに帰宅するとつわりがひどくなった。夫はそれを見て、「病気でもないのに。本当に具合が悪いの? 気が緩んでいるだけじゃないのかな」とつぶやいた。
「彼としてはひどいことを言っている意識はないんでしょうね。でも、彼は自分が経験することのない具合悪さを勝手にこうだと決めつけてる。気持ちが悪いのは私なの、あなたじゃないの、と言ったけど伝わらなかったようです」
調子がいいときは彼も機嫌がいい。だが彼女が伏せっていると彼はいったん帰ってきてからまた外に出ていくようになった。
「外で食事をしていたようです。妊娠前は私が風邪気味だったりすると、手早くご飯を作ってくれたりしていたのに。彼は私を、お腹の子にとられたと思っていたようです。私の気持ちがすべて自分に向いていなければ気が済まなかったのでしょうね」
愛されていると思えなかった。息苦しかったと彼女は言う。
出産後はさらにひどくなって
出産後、彼女は産休のあと育休をとり、1年後くらいに職場復帰するつもりだった。夫も納得していたはずだ。「ところが産後1カ月くらいたったある日、夫は突然、仕事を辞めてしまったんです。どうしたのと聞くと、『オレが主婦業をやるから、きみは復帰していいよ』って。結婚してわかったんだけど自分は仕事に向いていない、と。こちらは心身ともに最悪なバランスでいる時期、これからどうなるんだろうと不安になって号泣してしまいました」
ルリさんにはいくばくかの貯金があったが、それを取り崩して生活するわけにはいかない。すると夫は「どうせオレよりきみのほうが給料がいいんだしさ」と言い出した。
「結婚前、収入はとんとんだったんですが、その後、私は昇進して少し上がったんです。私の昇進も夫にはショックだったみたい。結局、自分よりいろいろな点で私が上になるのが嫌だったんでしょう。それからけっこうモラハラがひどくなりましたね」
彼女は育休のみで職場に復帰、家事育児をやると言い切った夫なのに帰ってくると子どもが泣きわめいていることも多かった。食事はほとんどスーパーで買った惣菜だ。
「私がお味噌汁を作っていると、『オレの用意した食事じゃ不満なの?』って。そうじゃない、お味噌汁が飲みたかっただけと言っても、きみはだいたいオレを下に見てるよねとからんでくる。下に見てたのはあなたでしょと大ゲンカになったこともあります」
結局、彼女は生後半年の子を連れて、いわゆる「昼逃げ」をした。その日は夫がたまたま所用で出かけることがわかっていたので、彼女は有休をとっていた。
「この日を逃すと、もう逃げられる日はないと切迫した気持ちでした。夫がでかけた2時間後、友人に手伝ってもらって身の回りのものだけ車に詰め込んで、用意しておいたマンションに逃げたんです。会社近くでセキュリティもしっかりしているところ。田舎から母も出てきてしばらく手伝ってくれることになっていました」
夫はパニックになったようだが、弁護士を通じて翌日には手紙を出した。調停や裁判も覚悟したが、夫はルリさんにも子どもにも特に思い入れはなかったように何も言ってこなかった。
「あとから夫の友人に会って話を聞いたら、『結婚前のルリはかわいかった。自分がいないとダメだと思った。でも結婚後のルリは怖くなり、子どもを産んだら態度が大きくなった』と言っていたそうです。自分がかばってやらなければいけないひ弱な存在なら尽くすけど、そうでなければ一緒に手を携えることもなく、自分はすべてを放棄する。そんな人だとは思わなかった。結婚前にはとても見抜くことなんてできません」
現在、彼女は4歳になった娘とふたり暮らし。保育園に預けて仕事を続けている。ふたりきりの家族では寂しいが、近くに弟一家が越してきてくれたので、少しは心強いという。
「養育費も財産分与も何もない離婚でした。夫が仕事を突然やめたところから、私にはもう理解不能な人になってしまった。もっと話し合えればよかったんでしょうけど、夫の心の中は、私より上でいたい思いでいっぱいだったのかもしれない。あの結婚は何だったんだろうと今になるとよく思います」
娘には男性を選ぶ目をきちんと持ってほしいけど、自分のように結婚してみないとわからないことも多いはずとルリさんはしみじみ言った。