夫の食の好みがわからない
30代半ばで同世代の男性と結婚して2年たつナツミさん(37歳)。共働きの上、夫がシフト制の仕事なので、平日はほとんど一緒に食卓を囲むことがなかった。「休日はお互いに趣味があったりするので、これまたあまり一緒に食事をとることがないんです。ふたりともひとり暮らし歴が長くて、今までの生活を変えたくないという思いが強かった。それでもコロナ禍に陥ったころ、ふたりとも家にいることが多かった。そんなとき、私が『夕飯、どうする?』と聞くと、夫は『いいよ、先に食べちゃって』と」
ナツミさんはご飯を炊いて、焼き魚や煮物、味噌汁など、「ごく普通の和食」をとる。職場では割安で仕出し弁当をとることが多いが、味が濃いのが難点。せめて休日は出汁の利いた薄味のものが食べたいと思うそうだ。
「あとから夫は何を食べるのかなとキッチンを覗くんですが、何も料理した形跡はない。『ちゃんと食べた?』と聞くと、うん、と。どうやらプロテインドリンクなどをとっているようです。新婚当初、それでびっくりして、もうちょっとちゃんと食べたほうがいいよと言ったんですが、今に至るまで生活は変わってない」
最初のうち、夫はそういうことを隠していた。だが、ナツミさんが指摘すると、ビタミン剤やプロテインで、夫は「完璧な栄養をとっているから大丈夫」と言い切った。
「私たち、マッチングアプリで知り合って、あまりデートを重ねないままに結婚したんですよね。食事に行ったことはあります。そのときは気軽なイタリアンとか居酒屋に行って、夫も食べていたんですが。今もまったく食べないわけではないけど、忙しいときは栄養素さえ足りていれば大丈夫という基本的な考え方があるようで」
今度、おいしいものを食べに行かない?と聞いても夫は生返事。ここでしっかり尋ねておかなければと思ったナツミさんがしつこく聞くと、「食べることにあまり興味がないんだ。健康には興味あるけど。だからサプリが重要だと思ってる」と告白された。
「いや、人間はなるべく食べ物をきちんと咀嚼してとったほうがいいと力説したんですが、夫には通用しない。『きみはそうすればいいよ』って。仲が悪いわけではないんですが、同じものを食べておいしいねと言う機会が極端に少ないのは、寂しいですね」
離婚に至るケースも
「うちは食生活が合わなくて、とうとう離婚に至りました」そう言うのはカズエさん(40歳)だ。昨年、結婚9年目にして離婚。8歳のひとり娘は彼女が引き取ったが、今も娘と元夫の間には交流がある。
「夫は極端な偏食だったんです。野菜の類いはほとんどダメ。アレルギーではなく、食べず嫌いなので、結婚するときは、料理次第で食べてくれるのではないかと期待していました。せめてキャベツとか白菜とか大根とか、そんなにクセのない野菜ならいけるかなと思ったんですが、まったく箸をつけようとしない。白菜が入っていたら、鍋物にも手をつけないんですよ」
すき焼きも肉だけ。魚介類もほぼ食べられないので、一家で鍋を囲むのは絶望的だった。タマネギ抜きの肉だけのハンバーグ、野菜のないカレーなどが夫の好物。
「娘ができてからは、やはり栄養のことを考えてしまう。夫は『オレのことは気にしなくていいよ』とひとりでコンビニで何か買ってきて食べている。気にしないようにしながら普通に生活していましたが、娘を連れて旅行しても、結局、『おいしいね』という場面がない。といって大人に無理矢理食べさせるわけにもいきませんしね」
食卓で夫だけがカップラーメンをすする光景が虚しすぎたとカズエさんは言う。夫自身もいづらくなったのか、自室で食事をとるようになり、徐々に会話がなくなっていった。
「昨年、娘が小学校に上がるときにこのままでいいと思うか、夫と話し合ったんです。そうしたら夫も『疲れた。オレは家族をもつべきではなかった』と言い出して。じゃあ、離婚しようということになりました。私は娘を連れて実家に戻りました。実家では私以上に食べることが大好きな両親に囲まれて、食が細かった娘も元気いっぱいになったのでホッとしています」
最近は月に数回、夫と娘と3人で会っている。遊園地に行ったり映画に行ったり、娘の希望を最優先させているが、午後から会って夕飯前に解散するのが定番。どこかでケーキを食べることはあっても、夫と食事をともにすることはない。
「こういう会い方なら、夫も私もストレスがたまらないので。帰りに娘とファミレスに寄ることもあれば実家に戻って食べることもあります」
離婚してからのほうが、夫と親として仲良くなったそうだ。皮肉な話だが、不仲がこじれる前に離婚したのはよかったと思うとカズエさんは納得したように言った。