不快な思いしかない
「ここ5年、子どもたちと私は義実家には顔を見せていないんです」そう言うのはエリさん(42歳)だ。結婚して12年、10歳と8歳の子がいる。最後に義実家に行ったのは、子どもたちが5歳と3歳のとき。
「大晦日に夫が運転して5時間近くかかってようやく到着。それが昼過ぎで、子どもたちもお腹をすかせていました。義母が『おなかすいたでしょう、早く食べて』と出してくれたのが“おはぎ”でした。年末になぜおはぎなのかよくわからないけど、夫に言わせれば義母の得意料理らしい。ところが私はあんこが苦手。子どもたちはほとんど食べたことがないものなので、『これ、なに?』と怯えてる(笑)。夫がおいしいよと食べさせたんですが、上の子は吐き出してしまったんです。義母はムッとしていました。それはそうですよね。だけど都会の子どもたちにはちょっと向いていなかった」
あわてたエリさんは、「パンか何かありますか?」と義母に尋ねた。パンがあれば卵をゆでて卵サンドにしようと思ったのだ。ところがパンは食べないと義母はにべもない。
「じゃあ、ごはん……と言いかけたら、餅米を炊いたけど全部おはぎにしてしまったと。じゃあ、すみません。お餅があればと言ったら、年末はお餅は食べない、お雑煮用だ、何を言ってるんだと怒られてしまいました」
東京で生まれ育ったエリさんは、小さいときから特に「おせち料理」には縁がなかった。実母が仕事をしていた上に、おせち料理が嫌いだったらしい。父ももともとこだわりがなかったから、おせちは煮豆や栗きんとんを買う程度。「お雑煮はあったりなかったり」だった。お正月もごく普通の家庭料理。
「母はふだんできないからと、ロールキャベツなんかを作ってくれましたね。父も手作りでピザを作ってくれたりして。お正月はどちらかというと両親が楽しげに料理をしている風景がありました」
あとの時間は家族でトランプをしたり、長じてからは麻雀をしたりと遊んで過ごした。
「お屠蘇もおせちも縁がなかったけど、楽しい正月でした」
夫とはまったく異なる正月を過ごしてきたのだ。結婚してからはお盆に夫の家に行ったことはあるが、すぐに妊娠したこともあり、お正月には行ったことがなかった。
「結婚して7年たって初めてお正月に行ったところ、いきなりおはぎの洗礼を受けたんです。子どもたちはお腹がすいたと泣くし、義母は不機嫌になるし。夫に『コンビニでもいいから行ってパンでも買ってきてよ』と頼んだんですが、コンビニは遠いし、夫は疲れ切っていて嫌だという。どうするのよと言っているところに夫の妹一家がやってきたんです。彼女が作ったサンドイッチがあるというのでなんとか助かりました」
食べられるものがなく早々に帰宅
話を聞いた義弟が車を飛ばして店を見つけ、挽肉を買ってきてくれた。夜はエリさんがハンバーグを作り、子どもたちはようやくお腹を満たしたという。「あけて元旦。子どもたちが食べたのはお雑煮だけでした。夫の住む地方がそうだというわけではなく、義母が変わっているだけだと思うんですが、いわゆるおせち料理という感じではなく、やたら甘辛くて味の濃い大量の煮物と魚の煮付けがどーんと大皿に盛られていました。数の子もあったけど、ものすごく塩辛くて私も食べられなかった。上の子が涙目で『ママのパスタが食べたい』と。もちろん義母の台所にはパスタなんてありません。私は夫に目配せして、『悪いけど帰るわ』と言うしかなかった。夫は『何か買ってくるから、もうちょっといてよ』と言いましたが、子どもたちがかわいそうで。
義妹の子どもたちは庭で元気に遊んでいるんですが、うちの子たちはお腹がすいてるわけですよ。『何でも食べるようにしつけなかったのかねえ』と義母が嫌味を言うし、ここにいたらますます不快になるばかりだと思いました」
夫は渋々、駅まで送ってくれ、エリさんは子どもたちと家に戻った。
「駅弁を買って電車内で食べたとき、子どもがうれしそうに笑ったのを覚えています。そして家に帰ったとたん、上の子が『ああ、おうちはいいねえ』と言ったので笑いました。子どもながらにつらかったんでしょう。その晩はパスタと子どもたちが大好きなサラダ、薄味の野菜スープをたっぷり作りました」
3が日を実家で過ごした夫は帰宅して「パパ」と子どもたちに迎えられて、苦笑いしていたという。それ以来、正月は夫だけ実家に戻るようになった。
「ところが今年は、久しぶりだからみんなで行かないかと言うんです。上の子は5年前を覚えているようで『私は行かない』と。また感染者数が増えてきているから行かないほうがいいと私も言っているのですが、夫は『おふくろに孫を見せる最後のチャンスかもしれない』と。義母が体調を崩しているらしいんです。まあ、子どもたちも大きくなったので食べるものはどうにかなるとしても、行っていいものかどうか……。聞けば義母はワクチンも打っていないという。私は最後まで抵抗するし、行くつもりはありませんが、夫は毎日懇願してくる。夫の必死さが怖いくらい」
それでもコロナ禍を理由に断り続けますと、エリさんはきっぱり言った。