母の「愚痴のはけ口」だった私

母の愚痴

毒親についてはあちこちでさまざまに語られているが、虐待とまでいかなくても、「母の愚痴をひたすら聞かされて育った」娘たちの声が最近、よく聞こえてくる。自分はゴミ箱だったのかと考え、結婚や出産に恐れをなしている人もいるようだ。

 

人間関係が築けない

「小学生になったころから、母に父の愚痴を吹き込まれていました。私の学校での話を聞こうともせず、毎日、父の愚痴ばかり聞かされてた。そうやって母は私をコントロールしていたんですよね。精神的にべったり依存されて、高校生になるころにはつらくてたまらなくなっていました」

そう振り返るのは、アキノさん(30歳)だ。母は弟には何も言わない。「あなただから言えるの」と愚痴の聞き役を指名されたようなものだった。彼女は聞くことで母を助けようとした。「大好きなお母さんがかわいそう」とずっと思っていた。

「でも大学生くらいになると、父も父だけど母も母、お互い様なのではないかと考えるようになりました。夫婦の問題を私に持ってこないでほしいと。あるとき母に『いいかげん愚痴ってばかりいないで自分で解決方法を探せばいいのに』と言ったら、あなたは私を裏切るのってものすごくヒステリックに怒られました。泣いたり騒いだりされると、やはりなだめるしかない。そうやって母の感情に巻き込まれていく。それが若い私にはつらかった」

家を出ていこうと思ったこともあったが、やはり「ひとりになる母がかわいそう」という思いが強く、出ていくことはできなかった。

「『私は結婚するまで男を知らなかった』『最初の男があの人だなんて、どれだけ不幸なことかわかる?』と母は延々繰り返す。母親の性的なことなど知りたくありません。母とは友だちではないんだから。いい加減にしてと言うと泣き出すし、私の中にも母をかばうことで自分が生きている意味を見いだすような、共依存的なところが育っていたんじゃないかと思います」

 

好きな人はできたけれど

All About

学生時代、社会人になってからも、アキノさんは自分が友人関係を始め人間関係をうまく作れないと感じていた。何がいけないのかわからなかった。

「社会人になって初めて、同期の男性とつきあうようになったんです。それまで恋愛なんてしたことがなかった。怖かったんですよね。でも、初めてつきあった男性と結婚した母と同じにはなりたくない。だから恋愛しようと決めて。でも決めてするものではないですよね。案の定、うまくいかなくて……。『きみは僕の話をとてもよく聞いてくれるけど、自分のことは全然話さないんだね。気を許してくれていないのかなあ』と彼に言われました。ドキッとしました」

いつも母の話を聞くばかり。だから話を聞いて、解決策を考えたり相手の気持ちを受け止めたりするのは得意だった。ところが彼女は自分のことを話す習慣がなかったのだ。だから何か聞かれても、「そうね」と受けるだけで話を発展させる術ももっていなかった。

「彼はいろいろ質問してくれるんですが、私、自分が本当はどう思っているのかをうまく言葉にできないんですよ。結局、半年足らずで『僕は信頼されていない気がする』と彼からフラれてしまいました」

このままではいけない。彼女は心からそう感じ、あるカウンセリングルームへ足を運んだ。臨床心理士が混乱した彼女の心を少しずつ解放してくれたのだが、途中で彼女の母親へのすさまじい怒りが表出、彼女自身が怖くなってしまったという。

「思いがけず、私は母を憎んでいたんです。母を哀れんでいたし、母と子の立場が逆転しているけど、それでもいいと思っていたので、実際には憎んでいるとわかって驚きました。その憎悪を自宅で母にぶつけそうになったこともあって。まず物理的に母とは距離を置こうと決めたんです」

残業が多くて通いきれないと嘘をつき、彼女はワンルームのマンションを借りた。経済的には苦しくなるが、混乱した気持ちのまま母と同居はできなかった。

「それからは母が電話をかけてきても無視したりして、なるべく距離を置きました。それでも母は留守番電話に父の愚痴を吹き込んでくる。聞かないようにしていたら、ある日、会社にまで来てしまった。『仕事の邪魔はしないで』とキツく言ったらその場で泣き出して。母をカウンセリングに連れていったほうがいいと思いましたね」

当時、母は50代。まだ若いのだから母もやり直しが利くはずだと信じた彼女は、母を説得した。子どもの頃から愚痴のはけ口にされてきた自分がどんな思いを抱えているか、人間関係が築けなくてどれだけ苦労をしているか。母に真摯に訴えた。

「母が言ったんです。『じゃあ、私はどうすればいいのよ』って。あ、この人は自分の人生を生きてないんだと腑に落ちるものがありました。『知らない。自分で考えれば?』と言って席を立ちました」

2年半前、父が病に倒れた。アキノさんは母に頼まれて医師の説明を一緒に聞いた。余命を告げられたとき、泣き崩れた母を見て、彼女はますます心乱れた。

「あんなに悪口を言っていたのにここで泣くのか、と。母の気持ちがまったくわからなかった」

父は半年後、静かに息を引き取った。亡くなる前に父とじっくり話す時間を持ったアキノさんは、「無口で冷たい父親だと思っていたけど、意外とそうでもなかった。それがわかってよかったです」と言う。

弟とふたりで暮らしている母は、愚痴の対象がいなくなった今も、アキノさんをつかまえて愚痴ろうとしている。

「私は自分の人生の今と未来のことを考えたいから放っておいてほしいと母に言いました。コロナ禍で母にはほとんど会っていません。還暦を迎えた母がこれから老いて弱っていったとき、私はどう対処すればいいのかわからないけど、少なくとも今は母に邪魔されない日々を送っています」

問題解決とはいっていない。先送りかもしれない。だが、今は失われた子ども時代を取り戻すためにがんばりたい。アキノさんは最後に少しだけ笑みを見せた。


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