好きだからがんばってきたのに
好きだから一緒にいたい、好きだから彼のためにがんばれる。そう思ってがんばってきたのに、いつしか気持ちがすれ違っていく。悲しいけれど、そういうことは実際にあるものだ。関係が壊れていくとき、法的な結びつきのない男女にはどんな思いがあるのだろうか。
7歳年下の彼と知り合って
結婚して5年たった32歳のころ、ミサトさん(43歳)は25歳になったばかりのススムさんと知り合い、恋に落ちた。
「親戚の紹介で知り合って結婚した夫は、実家が会社を経営していてその跡取りでした。生活に不安がないし、まじめな人だったから結婚するにはいいと思ったんです。でも夫は新婚初夜に別の女性のところへ行っていたことがわかった。長年つきあっている女性がいたんです。結婚してすぐそれを知ってショックでした」
それでも親はもちろん、親戚や周囲にも祝福された結婚だったため、すぐに離婚というわけにはいかなかった。夫は「きみも好きなことをすればいいよ、仕事だってなんだって」と言い放った。
「私はある資格を生かして仕事をしていたのですが、いつかは独立して事務所をもちたいと思っていた。夫がお金を出してくれて、27歳にして自分の事務所をもつことができました。それからはひたすら仕事に没頭していたんです」
夫は彼女と関係を持とうとしなかったが、ある日、酔って帰って覆い被さってきた。そしてそのたった1回の関係で妊娠。子どもが生まれたら夫は変わるかもしれないと思っていたが、実際には変わらなかった。
「どうやら夫には、つきあっている彼女との間に子どももいたみたいなんです。だったら彼女と結婚すればよかったのに、親の大反対にあったようで。夫がある晩、そう言うのを聞いて、夫もかわいそうだったんだなと思ってしまいました」
形だけの結婚でもいい。自分は子どもを愛しながら仕事をしていこう。ミサトさんはそう決めた。
ところが出会ってしまったのだ。ススムさんと。彼は彼女の事務所にアルバイトに来たのだが、3カ月ほど一緒に仕事をしているうちに彼の様子が変わっていった。そしてアルバイトの最後の日、彼は自分の気持ちを打ち明けた。
「好きになってしまった、結婚しているのはわかっているけどつきあってほしい、と。あなたともう会えないくらいなら死んだほうがマシだと言い出して」
その気持ちを無視できなかった。彼女もまた彼のことが好きになっていたのだ。
人目を忍んで10年
だがもちろん、離婚はできない。彼の情熱を同じ分量で返すことは不可能だった。彼女は彼にずっと事務所を手伝ってもらうことにした。事務所の裏手に彼が住める部屋も作った。
「当時、3歳になった娘を連れてきて一緒に泊まったこともあります。彼は小さい子が好きみたいで、娘と遊びながら、本当は保育士にになりたかったと言っていました。今からでも遅くない、学費を出してあげるからと学校に通わせました」
3年後、彼は希望通り保育士になり、近くの保育園で働くようになった。そのころには彼女も、ほとんど事務所の裏の部屋で生活し、知らない人が見れば「仲のいい親子3人」と映っていただろうと彼女は言う。
「でもさすがに夫が噂を聞きつけて。義母は怒りまくっていたけど、夫は自分のこともあるから私には表だっては怒れない。離婚はしないけど、もっと遠くで暮らせと言われました。だから夫が住む町を出て、隣の市へ彼と引っ越したんです」
彼女の仕事が順調だったので、生活費はほとんど彼女が出していた。彼は自分の車のローンや携帯代くらいしか払っていない。
「彼と一緒ならがんばれる。いつもそう思っていました。私を愛してくれるのは彼しかいないと信じていたから」
ところが今年になって、彼はふたりで住む家を出ていくと言い出した。33歳にもなっていつまでもあなたに甘えているわけにはいかないというのだ。
「なんだかおかしい。そう思いました。案の定、彼は保育士の同僚とつきあっていた。携帯を見てわかりました。10年近くつきあってきたのに、こんなに簡単に別れられるのと聞いたら、『オレは人生において次のステップを上がらなくてはいけないんだ』って。私の経済力をあてにして自分はお金を貯め、それで次の女に貢ぐわけね、私が今まであなたに使ったお金を返してよと叫んでしまいました。翌朝起きたら、彼はいなくなっていました」
中学に上がったばかりの娘に、「あんな男はさっさとあきらめたほうがいいよ」と慰められたとミサトさんは苦笑する。だが彼女自身は、なかなかあきらめられなかった。かといって夫のもとへ帰るわけにもいかない。
「今は娘とふたりで暮らしています。でも娘には娘の世界ができてきた。夫は昔からの彼女とうまくやっているようだし、若い彼も別の女性がいる。私はひとりぼっちになってしまった。何がいけなかったのかわからないけど、寂しくてたまらないんです」
大事だと言ってくれる人がいない。それが自分の存在感のなさにつながっていくのだろう。誰もが好きなように生きてきた結果なのかもしれない。ミサトさんの人生は、まだまだこれから先が長い。