鉄道

富士山登山鉄道構想は実現可能か? 世界の事例などから可能性を探る

山梨県が中心となって検討していた「富士山登山鉄道構想」がまとまり、その提言が公表された。富士山五合目に至る「富士スバルライン」を活用し、その道路上に次世代型路面電車(LRT)を登山鉄道として走らせようとするものだ。

野田 隆

執筆者:野田 隆

鉄道ガイド

富士山に登山鉄道を

富士急行の富士山駅ホームから眺めた富士山

富士急行の富士山駅ホームから眺めた富士山

2021年2月、山梨県が中心となって有識者などで集まり検討していた「富士山登山鉄道構想」がまとまり公表された。それによると、山梨側の麓と富士山5合目とを結ぶ有料道路「富士スバルライン」上に次世代型路面電車(LRT)を走らせることが優位であるとしている。

所要時間は、山麓駅から五合目駅までが52分、下りは74分を想定し、運賃は往復で1万円とした場合や2万円とした場合の利用者数を試算している。あまり高額であれば利用者は少なくなって採算にも影響するであろうし、低額であれば利用者が殺到し、混乱を招くことにもなる。繁忙期と閑散期で運賃に差をつけることが必要かもしれない。
富山駅前を発車するLRT(次世代型路面電車)

富山駅前を発車するLRT(次世代型路面電車)

富士山に登山鉄道を敷設するという構想は100年ほど前からあり、提言されては消え、別の案が生まれては消えの繰り返しであった。1960年代には富士急行がケーブルカーで山頂までトンネルを掘って登る計画を立て、関係省庁に申請もしている。かなり具体的なものだったが、建設には至らず、10年ほど後に取り下げている。
 

環境破壊と世界遺産認定が登山鉄道建設へのきっかけ

にわかに登山鉄道構想が盛り上がってきたのは、近年、富士山がユネスコ世界文化遺産に登録され、登山客が急増したためである。スバルラインの渋滞は深刻になり、排気ガスやゴミのポイ捨てが看過できないほどに悪化したのである。このまま放置すれば、環境破壊が深刻になるとともに、せっかく世界遺産に登録されたものの、登録抹消の危機も現実に迫ってきた。

入山規制を図る必要があるものの、一般車が自由に行き来する道路では困難を伴う。そうしたときに、いっそのことクルマの乗り入れを不可能にして登山鉄道のみにするという案が急浮上してきたのだ。
 

ヨーロッパでは当たり前の登山鉄道

SLで運行されるシャフベルク登山鉄道(オーストリア)

SLで運行されるシャーフベルク登山鉄道(オーストリア)

標高3000m以上の山に登山鉄道建設などというと笑止千万だと思う人は少なくないであろう。しかし、ヨーロッパに目を向けると、スイスを始め、オーストリアやドイツでもアルプスの山々に登山鉄道を建設している例は多数ある。

スイス観光の目玉であるアイガー・メンヒ・ユングフラウの山々へは登山鉄道を乗り継いでいとも簡単に頂上近くのユングフラウヨッホに軽装でたどり着ける。むしろ、スイスではクルマの乗り入れを規制して登山鉄道のみにしているほどなのだ。
ドイツの最高峰ツークシュピッツェ山に登る登山電車

ドイツの最高峰ツークシュピッツェ山に登る登山電車

鉄道大国でありながら、登山鉄道が発達していない日本の状況の方が異常なのであり、遅きに失したといっても過言ではなかろう。とはいえ、今からでも巻き返しは可能だ。最新の技術を取り入れて、環境にやさしい鉄道での登山が一般的になるよう期待したい。
日本の登山鉄道の代表は箱根登山電車

日本の登山鉄道の代表は箱根登山電車

 

電化鉄道と景観の問題

架線のいらない電車は急速に普及しつつある。JR烏山線(栃木県)のアキュムもそのひとつだ。烏山駅で充電中の写真

架線のいらない電車は急速に普及しつつある。JR烏山線(栃木県)のアキュムもそのひとつだ。烏山駅で充電中の写真

鉄道建設には莫大な予算がかかるし、線路を敷設する用地をどう確保するのか? かなりの難問ではあるが、提言によれば、中央道河口湖IC近くから富士山五合目まで繋がる約30kmの富士山有料道路(富士スバルライン)を活用するという。しかも道路をそのまま残し、路面電車の線路を敷く計画だ。これなら、白紙の状態から鉄道を建設するより楽であろう。しかも道路は残すのであるから、マイカー通行は禁止にするにしても、救急車など緊急を要する車両は通行可能である。

鉄道はディーゼル車両にしてしまうと排気ガスが出るので環境にやさしくはない。当然、電車を運行することになるが、普通の電化鉄道であれば電柱を立てて架線を張っての集電となろう。しかし、これでは美観を損ねること必至であるし、電柱をずらりと立てることによる環境破壊も問題になろう。

提言では、架線のいらない電車を想定している。近年の技術の進歩で蓄電池に急速充電して走行を可能にする電車が実用化され、わが国でもJR各社で走っている(烏山線など)。LRTに関しては、台湾の高雄のものが知られている。部分的な区間での架線レスの路面電車であれば、ヨーロッパのいくつもの都市で実現している。もっとも、勾配のゆるやかな都市部と全区間勾配の厳しい山岳鉄道では果たして可能なのか? 蓄電池性能は厳冬期は走行に耐えるものなのか? 課題は山積している。

また、富士山は火山なので万一の噴火のときの避難などはどうあるべきか? 検証しなくてはならない課題のひとつだ。
 

登山鉄道の起点をどこにするか?

富士急行の富士山駅。登山鉄道とつながれば首都圏から鉄道のみで五合目に行けるのだが・・・

富士急行の富士山駅。登山鉄道とつながれば首都圏から鉄道のみで五合目に行けるのだが……

構想では、登山鉄道の山麓側の起点は、富士スバルラインと中央自動車道が接近している交差点付近を想定している。確かに、クルマやバスで首都圏からやってきた場合は中央自動車道経由となるであろうから、これは理にかなっている。駅に隣接して広大な駐車場を設ければ、ここで登山鉄道に乗り換えることができるからだ。

しかし、アクセスは道路交通だけではない。鉄道利用を忘れてもらっては困る。JR中央本線と富士急線経由も重要な手段だ。現に、新宿発で富士急行線に直通する特急「富士回遊」が1日に3往復している。富士急行の駅で乗り換えることができるなら利便性は向上する。逆に、一旦バスに乗り換えて登山鉄道の始発駅に向かうことになるのなら、鉄道利用者の増加は見られず、中央自動車道のさらなる渋滞を招く結果になるかもしれない。

著名な紀行作家だった宮脇俊三氏は、その著書「夢の山岳鉄道」(1993年)の中で、起点を富士急ハイランド駅にしている。『中央自動車道の西側の盛土に沿って線路を敷けば、用地取得の苦労は少ないだろう』と具体的な提言も書いていて興味深い。富士急ハイランド駅から富士山駅あるいは大月駅までの乗り入れを考えるのなら、線路幅は提言書にあるような1435mm(新幹線と同じ標準軌)ではなくて1067mmにしなくてはならないだろう。
  

本当の「富士登山電車」に期待する

富士急行の観光列車「富士登山電車」

富士急行の観光列車「富士登山電車」

まだまだ提言であって最終決定ではないので紆余曲折はあるだろうが、後世に禍根を残すことのないような計画であってほしいものだ。富士急行線を走る観光列車「富士登山電車」は、その名に反して車窓から富士山を眺めるだけで終わってしまうけれど、本当に富士山を登る電車が実現する日を首を長くして待ちたいと思う。

資料=富士山登山鉄道構想(案)
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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