「年上夫」への敬意がどんどん薄れていく
年の差が大きい結婚の場合、相手がどんどん老化していくのを見るのがつらいという人がいる。ともに過ごせる時期が少なく、同世代と比べてともに成長できる実感も多くはない。もちろん、それでも相手を大事に思うからこそ結婚したのではあるが、思いは時間経過とともに変わっていくこともある。
21歳差の夫はもと上司
「夫とは私が25歳のとき結婚しました。当時の職場の上司で、21歳離れていたんです。夫は若いころ一度結婚したものの離婚、子どもはいませんでした。本人ももう結婚するつもりはなかったみたいですが、私は彼のことを本気で好きになったんです」
若かったですねと、リカコさん(46歳)は笑った。
つきあうのはいいけど結婚はしたくない。21歳年上の上司は当時、よくそう言っていたという。だが「結婚」を言い出したのは彼のほうだった。
「1年くらいつきあっていたんですが、なかなか煮え切らない。やっぱり結婚するつもりはないんだなと思って、彼に私から別れを告げたんです。いったんは彼も受け入れたんですが、3ヶ月もたたないうちに、『やっぱりきみのいない人生は考えられない。結婚してほしい』と言ってくれて。あのときはうれしかった。うれしくてあんなに泣いたのは初めてです」
そこからふたりの気持ちは一気に結婚へと突っ走った。リカコさんの両親は年の差を理由に反対したが、彼女はその反対を押し切った。
「ふたりの子にも恵まれました。私は転職して仕事を続けたんです。年の差が大きいと、将来何があるかわからない。夫が先に逝くことも覚悟していました。だから仕事は続けなくてはいけないと思い込んでいた」
夫は常に尊敬できる人だった。育児はリカコさんの両親が率先して手伝ってくれたが、夫もできる範囲でがんばっていたし、慣れない家事にも積極的に取り組んでいた。独身時代が長かった夫はめったに自炊はせず、家事も週に3回、家政婦さんに来てもらっていたのだという。
「彼は私から見ると、仕事もできたし人望も厚かった。夫としても父親としても尊敬していました。こんな素敵な人と結婚できてよかった。本当にそう思っていたんです」
夫が50代のうちは、リカコさんはずっと夫に「惚れ込んでいた」という。
定年後の彼は別人のように
夫が60歳で定年になったとき、リカコさんは39歳。まだまだ若い。子どもたちは13歳と10歳だった。「夫は退職後も系列の会社で仕事をしていましたが、なんだか気力が衰えたのか、見る見るうちに年寄りっぽくなっていったんです。夫が娘と一緒にいるとき、娘の友だちのおかあさんに、『おじいちゃんと暮らしてるのね』と言われて愕然としたと言っていました。長年勤めた会社を定年になって、ふっと気が緩むのはわかるんだけど、そこで老け込んでほしくなかったですね」
健康状態に問題はないのに、いつもため息ばかりついている。旅行に誘っても、家にいたがる。娘たちとの会話も億劫そうだった。
「更年期かも、と思いました。男性も更年期でうつっぽくなったりすると聞いたので、病院へ行くよう勧めたんですが、夫は行こうとしない。性格も以前より暗くなりましたね」
暗い表情でため息をつかれると、家庭の雰囲気が悪くなる。何度も夫にそう言ったが改善されず、病院へも行かない。こうなると、生きる意欲がないのかと思いたくなるとリカコさんは言う。
「常に前向きに、自分のやりたいこと、目標に取り組んでいくというのが彼のポリシーだった。いつも明るく私や子どもたちを引っ張っていってくれた。でもここ7年ほどの彼は、そんな面影もありません。本当のあなたはどこにいってしまったのかと言っても、今の自分が本性だと言うし」
今の70代は若い。スポーツや趣味を楽しんでいる人もいれば、社会的に役に立とうと動き回っている人もいる。リカコさんの父親は、夫より8歳年上だが今も仕事をしながら、趣味の卓球やギター演奏などを楽しんでいるという。
「母からは、『彼は、うちのお父さんより老けてるね』と嫌みを言われました。どうしたら夫を生き生きさせることができるのか……。心身の状態が心配なのももちろんありますが、私自身の夫への評価がすごく下がってしまっているのが悲しいんです。夫が話しかけてきても、『どうせつまらないことしか言わないし』と思っている自分がいる。何かあっても夫には話さず自分で解決してしまおうと思っちゃう。夫への信頼感がないからですよね」
20年以上連れ添っているのに、夫との一体感が急速に失われていっているのが寂しいと彼女は嘆く。
年の差婚というと相手の病気や介護が浮き彫りになることが多いが、年をとるにつれて心理的な乖離が大きくなるのもまた真実なのかもしれない。