シックハウス症候群とは?
近年、住まいづくりにおいて注目度が高まっているテーマの一つに「健康増進」があります。今回の記事では、その中で「シックハウス症候群への対策」を中心に取り上げます。住宅内の空気中にある化学物質の影響で健康を損なう人が多いため、国では規制を設け、住宅事業者もそれに対応して改善を進めてきましたが、今、その規制は新たな局面へ入ろうとしています。そこで、改めてシックハウス症候群に関する基本事項やこれまでの動向を整理し、さらに産学連携のの新たな取り組みについて紹介します。シックハウス症候群の原因と症状
まず、シックハウス症候群についておさらいしておきましょう。原因とされているのは、建材や家具などから発する有機溶剤(ホルムアルデヒドなど)、防腐剤などから発する揮発性有機化合物(VOC=Volatile Organic Compounds)です。ちなみに、室内の有害化学物質をVOCと総称することもあります。症状は症状は人それぞれで、目がチカチカする、鼻や喉が痛くなる、頭痛がする、フラフラする、皮膚が痒くなる、倦怠感(疲れやすくなる)などがあります。ひどいケースでは、吐き気や不整脈、手足のしびれ、呼吸器障害などの症状もあるそうです。
全く症状が現れない人がいる一方で、過敏な人はわずかな化学物質でも上記のような体調の悪化につながる人もいます。専門医が少なく、原因が特定されづらいのも、シックハウス症候群のやっかいなところです。
住宅の高気密化・高断熱化などが進んだことも症状発症の背景としてあげられています。また、室内の湿度が高くなることで細菌、カビ、ダニが繁殖しやすくなり、それも発症の要因の一つとされています。
2000年代前半に建築基準法や指針値で規制
2000年前後に社会問題化し、対策がとられるようになりました。具体的には、国土交通省が2003年(平成15年)に建築基準法を改正、住宅を含む建物の建築における規制を導入しました。その内容は概ね以下の通りです。・ホルムアルデヒド対策
・クロルピリホスの使用禁止
ホルムアルデヒドは、内装仕上げ材などに使われ発散される化学物質。その対策として、含有量の少ない「F☆☆☆☆(フォースター、☆が少ないほど含有量が多い)」の使用の推進、換気設備設置の義務付けが行われました。クロルピリホスは、シロアリ駆除剤として使われていたものです。
厚生労働省は、2004年(平成16年)に「化学物質の室内濃度指針値」を公表し、ホルムアルデヒド、クロルピリホスを含む13物質、それぞれ指針値を示しました。なお、このうち6物質については住宅性能表示で濃度を測定できるようになっています。
このようなガイドラインができたことで、ハウスメーカーや工務店などの住宅事業者は、建材にムク材や「F☆☆☆☆」を使用し、換気システムの改良などを進めました。それにより、加熱したシックハウス症候群の問題は沈静化したようにみられました。
15年ぶりに新化学物質を追加!
ただ、厚生労働省は2017年末をメドに室内濃度指針値について新たに3物質を追加し、既存のキシレン、エチルベンゼンなど4物質について指針値を見直す(値をより厳しくする)ことを決定しました。化学物質の追加は15年ぶりです。化学物質の使用に規制がさらに強まるわけですが、なぜこのような措置がとられるのでしょうか。それはこれまで指針値に含まれていた化学物質の代替品が数多く用いられるようになってきたからです。
要するに、同じような化学物質なのに名称が異なることで規制から漏れているものが、次々に生まれているわけで、規制が追いつかない、「いたちごっこ」のような状況になっているわけです。ですので、住宅に使われる化学物質の総量(TVOC)の規制が必要と指摘する専門家もいます。
ここまでがシックハウス症候群に関する基本事項と国を中心とする動向ですが、以下では先日、私が取材してきた千葉大学予防医学センターと積水ハウスによる産学連携の研究について紹介します。
千葉大学と積水ハウスが新たな取り組み
千葉大学予防医学センターは、環境予防医学分野で国内の研究をリードする研究機関。シックハウス症候群の研究では、2007年から「ケミレスタウンプロジェクト」という取り組みを、複数のハウスメーカーや住宅建材企業などとともに進めるなど、特に高いレベルの研究を行っています。一方、積水ハウスはこのプロジェクトに参加したハウスメーカーの一つで、その研究成果を基にした商品として室内環境配慮仕様「エアキス」を開発、2011年から導入し、現在では標準採用に近い採用率となっています。
エアキスは、子どもを基準に室内の化学物質を低減したもので、ホルムアルデヒドなど5物質について厚生労働省の指針値の1/2を実現したもの。これは当然、「F☆☆☆☆」よりさらに厳しい基準に基づくもので、同社によると「シックハウスの症状が改善された」などの評価の声が上がっているそうです。
両者は11月から、5年間の予定でさらに高い研究レベルの取り組みをスタートしています。目的は「シックハウス症候群やアレルギーの増悪・顕在化を防げる室内環境を明らかにし、健康を増進できる室内空間を創造すること」です。内容は以下の3点です。
(1)TVOCに配慮した住空間の健康効果を検証
(2)症状発生のメカニズムの解析と、心地よさなど心理的な健康増進要素の探索
(3)症候群対策住宅のコンサルティングシステムの構築
2棟の実験住宅で滞在評価を実施
千葉大学柏の葉キャンパス(千葉県柏市)内にエアキス仕様の住宅と、一般的な木造住宅の2棟の建物を建設。いずれも建築面積、間取りや見た目も統一は同じで、これらを用いて、5年間で約400人を対象にした滞在評価実験を行うといいます。前述のようにシックハウス症候群は原因物質が何であり、どのような症状として表れるのかはある程度わかっていますが、大人や子ども、アレルギー歴のある人の違いによりどのように症状の内容や深刻度が違うのか、科学的なデータがほとんどないのが実情です。
実験室の中ではなく、実際の居住環境を再現した空間においてデータを集め、統計学的に症状を判断し、対処できるようになるのは世界的に見ても余り例がなく、貴重なことといえるのではないでしょうか。
「心地よさ」の探索というのは、例えば「木や緑のぬくもりにリラックス効果がある」などということ。私たちは、「木の香りは良いよね」などと感じていますが、それを医学的に解明しようというわけです。
(3)は、まず低TVOC建材データベースを構築。その上で、患者さんなど医学的な立場から住まいの空気環境に関する相談を求める人たちに、建材の使用や施工の提案をできるようにすることを目指すものです。
これも前述したように、医療関係者でも患者がシックハウス症候群であることを特定できる人は少ないといいます。ですから、他の病気と診断され、正しい診断を得られるまでに時間がかかってしまい、症状に長く苦しむ人も少なくないといいます。
ましてや、症状の対策にどのような素材を使えばよいのか、ということに、しっかりと対応できる住宅事業者は積水ハウスを含めほとんどいません。「エアキス」であれ、その効果は未だ傾向のレベルに過ぎません。
見えない空気も住まいづくりの検討の一つにしよう!
今回ご紹介した千葉大学と積水ハウスの取り組みが、シックハウス症候群の最前線です。将来的にはその成果が広く社会に還元されるという意味で意義あることと言えるのではないでしょうか。ちなみに、この研究では一般の方々から被験者を募っています。詳しくはこちらをご覧ください。空気は透明で見えないものですから、その質について健康な生活を送る人は他人事のように思われるかもしれません。しかし、誰でも発症する可能性があるといい、それはあなたの家族、子どもかもしれません。
家というのは、たくさんのお金をかけて豪華な装飾をしたものでも、この見えない空気の存在で住みづらく、やっかいな存在になる可能性があります。これから住まいづくりを検討される方は、今現在、家族に症状がなくても空気の質という点に注目してみることで、長く住みよい住まいを手にすることができるのではないでしょうか。