2017年8月10日 東武鉄道SL「大樹」が運行開始!
2017年8月10日、東武鉄道が51年振りにSL列車の運転を再開した。その名はSL「大樹(たいじゅ)」。運転区間は、栃木県の下今市~鬼怒川温泉駅間12.4kmで、週末を中心に1日3往復する。およそ半世紀ぶりの復活運行ということで、車両も運行関係のスタッフも皆無だった。そこで、今回のプロジェクトに関しては、JR各社を始め、全国のSL運転実績のある鉄道会社の協力・指導を経ての実現となった。東武鉄道SL復活運転プロジェクト、3つの背景
SL「大樹」の運転。その背景には、3つの動機がある。ひとつは、日光・鬼怒川エリアの活性化である。日光はともかく、今ひとつ元気のない鬼怒川温泉周辺。その起爆剤としてのSL運転だ。また、東武鬼怒川線に続く野岩鉄道、会津鉄道沿線は福島県にあることから、風評被害を含め、震災後の観光需要の低迷が続いている。SL運転により、観光客をはじめとする人の回遊性を高め、復興支援の一助としたいのである。
3つ目は、鉄道産業文化遺産の保存と活用である。SL(蒸気機関車)をはじめとする鉄道産業文化遺産は、動かしてこそ意義がある。そのために、東武鬼怒川線の走行区間には、車両や施設が鉄道各社の協力のもと結集したとも言える。
SL「大樹」の編成と、使用される車両について
SL「大樹」の編成は、蒸気機関車C11形207号機+車掌車+14系客車3両+ディーゼル機関車DE10形1099号機である。それぞれについて、解説していこう。
蒸気機関車C11形207号機
JR北海道より貸与。国鉄時代は、北海道のローカル線で活躍し、1974年の引退後は新ひだか町の公園で静態保存された。2000年にJR北海道の手により動態復元され、「SLニセコ号」「SL冬の湿原号」「SL函館大沼号」などのイベント運転で活躍したが、JR北海道の経営不振の影響で、2014年の運転を最後に線路上から姿を消していた。
C11形蒸気機関車は、現在も大井川鉄道と真岡鉄道で動態保存されているが、同形機との最大の違いは、通常はひとつしかない前面のヘッドライトが2つ付いていること。これは、かつて濃霧の多い路線で使用されていたためで、その風貌から「カニ(蟹)目」の愛称がある。
車掌車ヨ8000形 なぜ車掌車が必要なのか?
(8634号車=JR貨物より譲渡、8709号車=JR西日本より譲渡)
車掌車は、貨物列車の車掌乗務用車両として、列車の最後部または機関車の次位に連結されていた。貨物列車用であるから、旅客用に使われることはなかった。SL旅客列車の場合、本来なら蒸気機関車+客車の編成で済むはずである。では、なぜSL「大樹」には貨物列車用の車掌車が連結されるのか?
C11形207号機は、元々国鉄、JRの車両であるから、他の列車との衝突防止などの安全装置ATSは東武鉄道の線路用に対応していない。東武鉄道用の安全装置(ATS)を取り付けなくてはならないのだが、C11形機関車本体に取り付けるのはスペースの関係等の理由で困難な状況にあった。そこで、貨物列車用車掌車に機器を設置し、機関車と連結させることで対応している。よって、C11形207号機は、客車を切り離して進行方向を変えるために転車台に乗る時でも単独走行は許されず、いつも車掌車とワンセットで動くのである。
ところで、JR貨物から譲渡されたヨ8634の車番の後3桁は、634。全くの偶然だが、スカイツリーの高さ634mと同じだ。この車両は、東武鉄道に譲渡される運命にあったのかもしれない、と関係者の間で噂となった。
14系客車
JR四国より譲渡された14系客車。臨時特急用客車として1972年から1974年にかけて製造された冷暖房付、自動ドアの客車で、窓は開けられない。国鉄からJR東海に引き継がれた後、JR四国に移籍したものの、あまり使われることなく、今回、SL「大樹」用として譲渡された。
スハフ14-1、オハ14-1、オハフ15-1という各形式のトップナンバーが揃っている。14系客車は、イベント列車用など改造されたものも多いが、SL「大樹」用としては、オリジナルな外観、車内にこだわり、デビュー当初の姿での運転となる。SL全盛期ではなく、国鉄からSLが引退する直前のイベント列車という想定であろう。
ディーゼル機関車DE10形1099号機
JR東日本より譲渡されたDE10形ディーゼル機関車は、SL「大樹」の最後尾に連結される。東武鬼怒川線には急勾配があり、蒸気機関車単独での列車牽引は厳しい。そこで後押し用補機として老雄C11の負担を少しでも軽くするためにディーゼル機関車が起用された。
東武鉄道は全線電化されているため自社のディーゼル車両はなかった。鬼怒川線には会津鉄道のディーゼルカーが乗り入れてくるけれど東武の車両ではない。かつて、全線非電化の東武熊谷線が存在し、自社のディーゼルカーが走っていたが、1983年に廃止されている。東武鉄道保有のディーゼル車両は、34年振りである。なお、SL「大樹」として運転されるときは、最後尾にも「大樹」のヘッドマークを付けている(テールマークというべきか?)。
SL運転に必要な転車台などの新設
SL列車の運転には、特有の施設が欠かせない。電車のように車両さえ揃えれば、すぐに運転できるものではない。動力である「蒸気」を生み出すため機関車に石炭と水を供給し、準備や整備を行う機関区、方向転換をするための転車台が必要である。
今回の運転を始めるにあたり、下り列車の起点となる下今市駅に隣接して下今市機関区を新設した。なお、下今市機関区の転車台は、JR西日本の長門市駅(山口県、山陰本線)にあったものを、折返し駅となる鬼怒川温泉駅の転車台は、同じくJR西日本の三次駅(広島県、芸備線)にあったものを移設した。これも鉄道文化遺産である。
なお、大規模な修理や点検は、南栗橋SL検修庫で行う。また、東武鉄道には、蒸気機関車を運転できる機関士も整備できるスタッフもいなかった。そこで、電車の運転士から選ばれた数名を、SL運転で実績のあるJR北海道、大井川鉄道、秩父鉄道、真岡鉄道に派遣し、各鉄道会社の支援のもと、実地訓練を行った上、免許を取得している。
早朝から整備を行う蒸気機関車
SL列車は、電車のようにパンタグラフを上げ、スイッチを入れたら動き出すといった簡単なものではない。罐(カマ)の火を落とすことなく、機関庫内で一夜を過ごしたあと、早朝から準備を進める。ボイラーの準備をし、排炭作業、給炭、給水を行い、さらに機関士、機関助士がハンマーを片手に打音検査で機関車各部に異常がないことを確認する。
車両の準備が終わると、機関車は転車台に乗ったあと、前進して一旦駅構内の鬼怒川温泉駅寄りに向かった後、転線して待機している客車に連結される。一方、ディーゼル機関車も機関庫から出て転車台に乗ったあと、転線して進行方向を逆に進む。さらに転線して客車の最後尾に連結される。これで、列車の編成が整う。
発車時間が近づいてくると、ディーゼル機関車を先頭に浅草寄りに進む。蒸気機関車は最後尾につながった状態である。ホーム端の踏切を越えて待機。発着する電車をやり過ごしたあと、いよいよ蒸気機関車を先頭に煙を吐きながらホームに到着する。
レトロに改装されたSL「大樹」の始発となる下今市駅
SL「大樹」の始発駅となる下今市(しもいまいち)駅は、蒸気機関車が発着する駅にふさわしく駅舎を大改装した。「汽車」の駅の雰囲気を醸し出すレトロ風なつくりとなり、ホームの駅名標も一部、昭和レトロなものに換えた。
また、機関庫や転車台の様子を間近に見学できるように、転車台広場とSL展示館を新設した。このふたつは、以前からあった跨線橋を延長してアクセス可能にしている。駅構内なので、入場券あるいは乗車券があれば誰でも予約なしに見学できる。
SL「大樹」出発! 走行区間から見える景色は
汽笛一声、大勢の人が手を振って見送る中、下今市駅2番線を発車した列車は、東武日光へ向かう複線の線路と分かれ、大きく右へカーブする。かつてのブルートレインと同じく「ハイケンスのセレナーデ」の懐かしいメロディーが流れ、車内放送が始まる。電車と違って、なかなか加速しないうちに大谷(だいや)川に架かる鉄橋を渡る。左手には日光連山の山並みが見える。川原にはパークゴルフ場が広がっているけれど、鉄橋の構造ゆえに窓のすぐ下くらいまで隠れてしまい見通しがよくない。鉄橋を渡る汽車の雄姿も撮影しづらい地点だ。
鉄橋を渡り、大谷向(だいやむこう)駅を通過してしばらくすると林の中を進む。畑が見え、また林の中を抜けると、広々とした田園風景の中を快走する。
車内では、女性アテンダントさんが指定券のチェックをしながら乗車記念カードを配り始める。写真を立体画像に加工したユニークなカードだ。裏面には乗車当日の日付入りスタンプが押される。
一方、写真スタッフがポラロイドカメラで座席毎に記念写真を撮影。できあがった写真を特製のカードに入れて、気に入れば1100円で買い取るシステムだ。これも乗車記念になるので、買う人が多い。なかなか上手い商売だ。さらに、車内販売スタッフがワゴンを押して車内をまわる。記念グッズや特製の黒いアイスクリームなどユニークな品が多く、目移りがしそうだ。
大桑駅を通過し、やがて板穴川を渡る砥川橋梁(とがわきょうりょう)に差し掛かる。この鉄橋は、先頃、国の登録有形文化財に指定された貴重な建造物だ。右手は道路が並走しているので、左の方が車窓からの眺めは良い。
掘割を進んで、次に鬼怒川を渡る。左手には、ごつごつした川原を見下ろしながらゆっくりと進む。勾配がきつくなり、ドラフト音も高らかに喘ぎ喘ぎの走行だ。今にも停まりそうなスピードであるが、電車のように駅でのすれ違いのため数分停車することはなく懸命に走るので、トータルの所要時間は、電車よりも5~10分程度遅いだけ。後続の電車に追い越されることはない。鉄橋を渡り終えると左に急カーブ。すぐに新高徳駅を通過する。これから鬼怒川と並行して進むのだが、意外に川はすっきりと見えない。木々のまにまに渓谷を見ることになる。
小佐越(こさごえ)駅を過ぎると、唯一の停車駅となる東武ワールドスクエア駅に到着する。世界の有名建造物を25分の1サイズのミニチュアで展示するテーマパークのメインゲート前に、2017年7月22日に開業したばかりの新駅だ。駅ができる前は、車窓からワールドスクエアのメインゲートがよく見えたのだが、ホームに沿って壁が出来てしまったので、車内から眺めることができなくなってしまった。
発車後、しばらくすると、下今市以来単線だった線路が複線になる。この個所は、鬼怒立岩信号場という。列車は、停車しないでそのまま進み、まもなく終点鬼怒川温泉駅の3番線ホームに滑り込んでいく。下今市駅から36分。着いてみればあっけなく、もう少し乗っていたいと思う距離だった。
鬼怒川温泉駅でのSL見物
到着したSL「大樹」は、少々停車する。ホームに降りた乗客が機関車をバックに記念写真を撮るのでかなり混雑した状態が続く。やがて、機関車と車掌車だけが、客車を切離し前進、構内のはずれでバックして停車中の客車の脇にある2番線を通過する。さらに、構内の下今市寄りでしばし停車したのち、転車台へと向かう。
鬼怒川温泉駅の転車台は、驚くことに駅前広場にある。転車台は、ふつうは駅構内の裏側にひっそりと存在し、見学するのは難しいことが多かったから、これは異例のことである。より多くの人にSLの魅力を見てほしいとの思いから、このような位置になったと思われる。転車台のまわりには柵が張りめぐらされ、安全に見学できるようになっている。「SL入線時刻」の看板もあり、10:30、13:50、17:25の3回、SLが車掌車を連結した状態で方向転換を行う。もちろん、SL「大樹」運転日に限ることは言うまでもない。
方向転換が終わったSL+車掌車は、本線上に戻り、下今市寄りにある陸橋近くまで進んだ後、バックしてホームに戻る。いつの間にか、ディーゼル機関車は、客車の最後尾に移動している。こうして、列車は、SL+車掌車+客車3両+ディーゼル機関車の順に編成され、下今市駅へ戻るべく発車を待つのである。
SL「大樹」の予約状況、料金、乗り放題きっぷ
JRをはじめとした全国の鉄道会社の協力のもとで始まった東武鉄道の「SL復活運転プロジェクト」。順調な滑り出しで、予約も満席に近い状態が続きている。もっとも、1日3往復走っているので、夕方の5号、6号は比較的予約が取りやすいようである。浅草駅やJR新宿駅から特急列車で下今市駅まで1時間40分ほど。日帰りでSL乗車を楽しむもよし、鬼怒川温泉で1泊し、東武ワールドスクエアや日光滞在を絡めて過ごすのもよし、日光・鬼怒川エリアの旅は、SL「大樹」乗車を織り込んで色々なプランが可能となった。10月と11月は、金曜と月曜も運転されるので(一部運休日あり)、出かけてみてはいかがだろうか。
SL「大樹」座席指定料金=大人 750円、こども 380円
SL「大樹」の乗車や撮り鉄に便利な「日光・鬼怒川エリア鉄道乗り放題きっぷ」=500円。東武日光駅、下今市駅、鬼怒川温泉駅の硬券乗車券を別途購入してファイルできるようになっている。
運転カレンダー、運転ダイヤ
SL「大樹」の公式サイト
取材協力=東武鉄道
<関連サイト>
東武鉄道のSL「大樹」が10日登場。なぜ今、蒸気機関車が必要なのか?(All About News)