心の病気とタバコの意外な関係
過度の喫煙は長期的な健康状態を大きく左右します。特に病気の療養中は喫煙を控えるべき時ですが、心の病気には患者さんの喫煙率を高めやすい要因があります。
タバコの吸い過ぎは健康への大きなリスク要因。何の病気であれ療養中は喫煙を控えたい時ですが、心の病気になると、さまざまな要因からタバコへの欲求が高まりやすくなるようです。
今回は、心の病気に関わる問題として、「喫煙」について詳しく解説します。
ニコチンへの欲求には体質的な要因も…
タバコを吸うと、肺から体内にニコチンが取り込まれます。ニコチンは脳内の神経伝達物質の受容体にも結合し、中枢神経系を刺激するなど、さまざまな生理作用があります。タバコを吸ったあと、一時的にある程度頭がはっきりしたり、倦怠感が取れる気がしたりするのは、ニコチンが脳内を刺激した結果ともいえます。しかし、脳内に作用する物質には通常、依存症のリスクがあるものです。ニコチン依存はその代表的なものの1つ。ニコチンに対して強い欲求が生じる背景には、ニコチンが体に入ってこなくなると、イライラしやすくなる……といった心身の不調も関連します。
ただ、ニコチンに対する欲求のレベルにはかなり個人差があります。ある人はタバコを止めようと思えば比較的容易に止めることができますが、それがなかなかできず禁煙を非常に難しく感じる人もいます。
そうした相違には、生活環境のストレスレベルや、日常での倦怠感や物足りなさといった心理的要因も関連するでしょう。しかし、本人の体質的な要因もかなり影響しているのです。そして、うつ病や統合失調症など心の病気になり、脳内の機能が病的になってしまうと、タバコに対する欲求を強まってしまう傾向があるようなのです。
辛い症状がやわらぐからタバコを吸ってしまう?
うつ病や統合失調症など心の病気の患者さんに喫煙率が高まる要因の1つとして、ニコチンが病気の症状をある程度、緩和させうることについて、よく指摘されています。ニコチンは脳内のドーパミンやノルアドレナリンなど、神経伝達物質の放出にも関連します。心の病気は一般に脳内の神経伝達物質が調節する機能に問題が生じたことが原因です。
心の病気になって神経伝達物質の働きに問題が生じているような状況では、ニコチンが脳内に及ぼす影響が通常とは少し異なる可能性もあります。タバコを吸う事で精神症状がある程度和らぐのをはっきり自覚できる可能性もあります。
たとえば統合失調症の症状には幻覚や妄想など急性期の症状のほかに、慢性的な傾向をもつ陰性症状と呼ばれるものもあります。
陰性症状の詳しい原因はまだ不明ですが、前頭前皮質におけるドーパミンの分泌低下が関連するといった説もあります。ニコチンの摂取が前頭皮質におけるドーパミンの分泌をうながすことで、「気持ちが冴えない」「やる気がわかない」といった陰性症状がある程度緩和する可能性も、統合失調症の患者さんの喫煙率が50~90%の高率になる要因として指摘されています。
しかし、病気の症状をある程度緩和する効果があるからといって、過度の喫煙が健康に及ぼすリスクは重大です。また、ニコチンには統合失調症の一部の治療薬の代謝を促進する作用もあります。すなわち、過度の喫煙のために治療薬が体内にとどまる時間が短くなり、治療薬の効き目が弱くなる可能性もあります。喫煙は療養中はひかえるべき問題です。その程度によっては積極的な対処も必要になってきます。
タバコを吸いたくなるのは、抑うつ傾向の表れかも…
また、統合失調症だけでなく、うつ病の患者さんの喫煙率も全体の数字よりかなり高くなっています。患者さんの喫煙率は病気の深刻度にも相関します。と同時に、喫煙者におけるうつ病の有病率はタバコを吸わない人よりもはっきり高くなっています。言い換えれば、タバコを吸う人は吸わない人よりも、うつ病になりやすいのです。こうした、うつ病と喫煙率の相関性を説明する説として、タバコの吸い過ぎがうつ病の引き金になる可能性や、抑うつ気味の人はタバコを吸うことで冴えない気分に対処している・・…といった説があります。
もし1日のタバコの本数が急に増えてきたような場合、それが抑うつ気味な心理傾向への対処になっていないかどうか、十分注意したいところです。
現時点では心の病気とはあまり関係の無い人も、一生における、うつ病の発症率は全人口の10%近い数字であることは、知っておいてください。この数字はうつ病とまでは言えないまでも、それに近い状態までも含めれば、もっと高くなるはずです。
そうした状態になれば、何らかの気持ちを楽にする手段も必要になってきますが、喫煙のようなあまりよくない手段を選んでしまうことは避けていただきたいところです。望ましくない手段で冴えない気分に対処することは、一種の悪循環に入る可能性もあり、うつ病の発症につながってしまう可能性もあります。
「タバコを吸いたくなったら、かわりに○○をする!」といったやり方で事態を健康的な方向に向けていく……。「言うは易し」ではありますが、ぜひ頑張っていただければと思います。