デザートの哲学が活かされた「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」の菓子
前のページでは、パリの名門ホテル「ル・ブリストル」でスーシェフを務めた吉開シェフの個性がきらりと光る生菓子をご紹介しましたが、まだまだ、召し上がっていただきたいお菓子が揃います。特に注目したいのは、フランス菓子をベースとしつつ、故郷・福岡の地元素材も採り入れたケーキ達です。
「サンタンヌ」は、パリのオペラ座近くにある、日本食レストランや日本食材を販売する食料品店が揃う通り、「Rue Sainte-Anneリュー・サンタンヌ」からの命名。フランス産のホワイトチョコレートに柚子が爽やかに香るムースの中に、香り高い福岡産「八女茶」のクレームブリュレ入り。その下には柚子のホワイトチョコレートガナッシュの薄い層も隠れていて、酸味が隠し味に。表面も抹茶のグリーンでほんのり覆い、土台のジェノワーズ生地には、白ワイン風味のシロップを軽くしみこませています。クリームチーズが加えられているので、レアチーズのようにも感じられる、爽やかな味わいです。
実はこちらのケーキの原形は、フランス国家最優秀職人であるM.O.F.を持つ「ル・ブリストル」の料理人の方のために作ったバースデーケーキで、とても気に入ってもらった思い出があるそうです。フランスと日本の食材が融合した、これもまた吉開シェフらしい作品ですね。
エスプレッソのジュレとイタリア産マスカルポーネのムースの下には、レモングラスのジュレが隠れているオリジナルの「ティラミス」。フランスで修業された吉開シェフが、イタリア菓子のティラミスを作られるというのはやや意外でしたが、シェフご自身が好きなお菓子なのだそう。
このレモングラスは、福岡の糸島にある「久保田農園」で作られている無農薬のフレッシュ。実は、吉開シェフの元同級生のお父様が栽培されているものだそうです。私も、現物を見せていただき、根元をつぶして香りを嗅がせていただきましたが、実に新鮮で爽やか! なんとも癒される香りです。これを、なんと約12時間もかけてゆっくりじっくりとシロップに香りを移して使用します。
吉開シェフは、「ル・ブリストル」の厨房で、加工された素材ではなく、可能な限り新鮮な旬のフルーツやハーブなどを使い、香りやみずみずしさを最大限に活かしたデザートを提供してきました。それらの経験を活かし、テイクアウトできるお菓子というジャンルの中で、できるだけその哲学を表現しようとしているのが、とても魅力的です。
吉開シェフの職人気質が感じられるお菓子の一つが「タルト キャラメル ペカン」。土台のタルトの中には、キャラメルのほろ苦さが効いたアーモンドクリーム入り。上に重ねているのは、ヘーゼルナッツをローストしたもの挽いてペースト状にしたものとキャラメルを合わせたムース。ヘーゼルナッツのペーストは「パート・ド・ノワゼット」と呼ばれ、既に加工された市販品もありますが、こういったものも、わざわざ自家製で作っていらっしゃるのです。
ムースを覆う塩キャラメル味のグラッサージュには、カカオパウダーではなく味がよりしっかりと出るダークチョコレートを使い、ソースのようなイメージで作ったそう。こんなところにも、デザートに向き合うような考えが活かされています。キャラメリゼしたペカンナッツを飾り、ディスク状のチョコレートをのせたデコレーション。キャラメルのほろ苦さとナッツの香ばしさ、チョコレートの味わいがマッチし、キャラメル&ショコラ好きにはたまらない一品です。
一見、シンプルそうに見える「ミルフィーユ ノワゼット シトロン」ですが、実はかなり個性に富んでいるのがこちら。2枚のフィユタージュ(=パイ生地)にサンドされているのは、ヘーゼルナッツのクリームとレモンコンフィの2層。その上に生クリームを絞り、レモンの皮を削ったものを散らしています。
このヘーゼルナッツのクリームには、「タルト キャラメル ペカン」にも使われている自家製の「パート・ド・ノワゼット」と、ヘーゼルナッツをキャラメリゼしたものを細かく挽いた「プラリネ」を使用。あえて卵なども入れず、ババロアに近い食感に仕立てています。その濃厚で香ばしい味わいに、刻んだレモン皮のコンフィのほろ苦さや食感が添えられ、相性のよさは抜群。
また、フィユタージュの折り方も様々なやり方がありますが、あまりホロホロと繊細すぎず、テイクアウトにも耐えるような仕上がりを目指した折り方に。そして焼き方も、一般的には、生地の浮き上がりを抑え平らに仕上げるために、途中で天板などの重しを乗せたりするのですが、つぶれすぎずほどよい浮きになるよう、途中まで天板を乗せて焼き、最後はグリルと呼ばれる網に変えるなど、細かい調整をしています。
「半生チーズケーキ」は、マーガレットの花のような可愛らしいデザインが印象的です。フランス産クリームチーズと北海道産生クリームを使用したチーズケーキは、オーブン内で天板にお湯を張って蒸し焼きにするような、いわゆる「湯煎焼き」で、スフレチーズとベイクドチーズの中間のような食感を目指したそう。
上には、花びらのような形になる口金で絞ったマスカルポーネのクリームと、中央の黄色いジュレ状のものは、ゼリーの薄い膜でレモンソースを包んだものをのせて。フォークを入れると、きらめく金箔と共に、とろりとやわらかな質感で流れ出します。
チーズケーキは、日本人には年代性別問わずファンが多いお菓子ですが、実は、フランスの菓子店では滅多に見かけないもの。名称もあえてフランス語ではなく、安心して注文できる、なじみ深い洋菓子、という印象の一品です。
全体が真っ白な色彩と、丸みを帯びたフォルムが面白い「マダガスカル」は、生地、ムース、表面にかかったグラッサージュと、全てのパーツにマダガスカル産バニラビーンズをたっぷり使用したプティガトー。ムースの中に忍ばせた生地にも、バニラ味のシロップがしみ込ませてあり、バニラビーンズ入りのホワイトチョコレートガナッシュ入り。土台にはサブレ生地が敷いてあります。バニラビーンズのさやを乾燥させたものと銀箔が飾りにのせられています。1つの素材を取り上げて様々な形で表現するという、これもまた興味深い試みです。
手土産には、ホールサイズのパウンドケーキや、個包装の焼き菓子の詰め合わせなどがお勧めです。
パウンドケーキは、レモンコンフィ入りの「ケーク シトロン」やラム酒漬けのフルーツを混ぜて焼いた「ケーク オ フルイ」の他、ヘーゼルナッツの自家製のプラリネ入り生地をアーモンド粒入りミルクチョコレートでコーティングした「ケーク プラリネ」は、この店ならではの個性ある一本。この1種類だけ、カットサイズが無くホールサイズ(税別1950円)のみでの販売となります。
筒状容器に入った焼き菓子もあり、中でも「ムラング オ ザマンド」は、配合はオリジナルとなっていますが、吉開シェフの師匠、「アルチザン・パティシエ・イタバシ」の板橋シェフのスペシャリテであるムラングへのオマージュが込められた品。アーモンド粒の食感がアクセントとなった、サクサクとした実に軽やかな食感で、開封したら全て食べきってしまいたくなるほどです。
「サブレ オ ザマンド」、「サブレ ココ」は、それぞれ、シナモンが香るサブレのミルクチョコレートがけにアーモンド粒をまぶしたものと、ココナッツ入り薄焼きサブレのホワイトチョコレートがけにココナッツをまぶしたもの。2種、3種と組み合わせてギフトにもお勧めです。
他にも、個包装の焼き菓子の中で面白い品の一つは「パヴェショコラ」。二層仕立てのチョコレートの焼き菓子で、下はヴァローナ社のビターチョコレート入りのしっとりしたビスキュイショコラ。上はサクサクした食感のフィユティンヌと自家製プラリネペースト、ヴァローナのミルクチョコレートを合わせた層で、ゲランド塩をアクセントに加えています。表面に少しラメパウダーがまぶされた、アンティークゴールドのような渋い輝きが特徴です。
故郷・福岡の地で、フランスで手掛けてきたデセールの哲学をベースに、開店直後からオリジナリティに富んだ菓子を作り、注目を集める「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」の吉開雄資シェフ。九州のフランス菓子界に新たな刺激を与える存在として、今後も目が離せません。
<ショップデータ>
「パティスリー オー フィル ドゥ ジュール」
福岡県福岡市中央区桜坂1-14-9
電話 092-707-0130
営業時間 10:00-19:00
定休日 水曜、月1回火・木曜のいずれか不定休(祝祭日の場合変更あり)