“あと1人の悲劇”が再び
もし達成していたら、日本人投手としてはノーヒットノーランを2度マークした野茂英雄氏以来13年ぶりの快挙となっていた。
ファンは誰も帰らない、いや、帰れない。約4万5000人の観衆は、昨季世界一に輝いたレッドソックス打線を手玉に取り、安打を1本も許さないダルビッシュに声援を送り続けた。フォーシームとツーシームのストレート系で積極的にストライクを奪い、切れるスライダーを決め球にした投球で、6連続を含む12三振をマーク。そして、九回二死、レ軍の主砲オルティスを迎えた。この日の126球目、94マイル(約151キロ)のストレートをスイングしたオルティスの打球は、極端な右寄りシフトを敷いた二遊間をゴロで抜けた。その瞬間、スタンドの声援は悲鳴に変わる。ダルビッシュも思わず腰を折り、両手をヒザに置いた。「安打が出たら交代と決めていた」というワシントン監督にねぎらわれ、ダルビッシュはゆっくりとマウンドを降りた。
あと1人の悲劇が繰り返された。昨年4月2日(同3日)のアストロズ戦(ミニッツメイド・パーク)、八回まで毎回の14三振を奪う好投で完全試合を続け、九回も二死までこぎつけたが、ゴンザレスに中前打された。
九回二死から完全試合とノーヒットノーランを阻止されたのは、メジャーでも過去1人しかいない。1988年にデーブ・スティーブ(ブルージェイズ)が2試合連続でノーヒットノーランを、翌1989年に完全試合を九回二死から阻止されている。メジャー通算176勝を挙げ、カナダ野球殿堂入りを果たした男とダルビッシュは肩を並べたわけだが、それにしても……。
「2回目なんで、逆にこういうピッチングを多くして、あと1人でできなかった世界記録を作って伝説になりたいです」
試合終了から少し時間が経っての記者会見だからこう振り返れたものの、試合直後は「もちろん悔しい」と唇を噛みしめた。もし達成していたら、日本人投手としてはノーヒットノーランを2度マークした野茂英雄氏以来13年ぶりの快挙だっただけに、その悔しさもわかろうというものだ。
物議を醸したシーンもあった。七回二死、オルティスが平凡な飛球を右翼へ打ち上げると、打球は譲り合う形で右翼手と二塁手の間にポトリと落ちた。これが“失策”と記録され、完全試合が消えた。この判定にレ軍・ファレル監督は「野手が誰も触っていない打球が失策判定されるのは、非常にまれなケース。10人中10人がヒットと言うだろう」と言えば、オルティスも「今日は2安打したな」と不満を口にした。いずれにして、そういう運も味方にして、「九回二死まで(無安打で)いけることもなかなかない」とダルビッシュは自分に言い聞かせた。
一夜明けた10日(同11日)、前日の快投について「家に帰って自分の体のケアをして、もうそれで忘れているので」と気持ちを切り替えたダルビッシュ。ちなみにデーブ・スティーブは4度目のチャンスでノーヒットノーランを達成している。地元紙ダラス・モーニング・ニューズが「偉業達成は時間の問題だろう」と報じたように、この好調さならすぐにチャンスはやって来そうだ。