旧万世橋駅付近を通過する中央線

旧万世橋駅付近を通過する中央線

都内を抜けるJR中央線の電車が神田駅と御茶ノ水駅の間を走行しているとき、上下線の間が開いて、ホームの跡地のような空間があったことに気づいた経験があるだろうか。そこは、目下、再開発の工事中であるが、かつて万世橋と言う駅があったところなのだ。およそ1世紀前、東京駅ができるまでは、わずかな期間だったが、中央線のターミナル駅として賑わった幻の終着駅。その後、長らく交通博物館があったが、さいたま市に移転後、再開発に着手し、2013年9月14日に商業施設として生まれ変わる。旧駅の遺構も歴史的構造物として公開される。オープンに先だって、施設をご案内しよう。

旧万世橋駅の歴史とその後の変遷

神田川沿いの赤レンガ高架橋

神田川沿いの赤レンガ高架橋は旧万世橋駅の名残だ

中央線(1906年の国有化までは甲武鉄道)は、新宿、御茶ノ水を経て、1912年に万世橋まで開業。都内のターミナル駅として賑わった。終着駅にふさわしい赤レンガ駅舎は、東京駅を手掛けた辰野金吾氏によるものだった。

「記憶の広場」に刻まれた駅休止の年

「記憶の広場」に刻まれた駅休止の年

けれども、1919年に中央線が東京駅まで延伸されると、ターミナル駅の機能は東京駅に移り、一介の中間駅になってしまった。1923年の関東大震災で風格ある赤レンガ駅舎は焼失、1936年には万世橋駅脇に交通博物館が移転してきたものの、周辺に秋葉原、神田、御茶ノ水など多くの駅があったため、利用客は減る一方で、第二次大戦中の1943年に駅としての営業は休止となった。都心にある駅で休止(事実上の廃止)に追い込まれた駅は珍しい。

駅の施設は、休止以来、高架橋と一体構造のため、ほぼそのままの状態であった。しかし、2006年に交通博物館が、大宮に鉄道博物館として移転後、周辺が再開発されることとなり、歴史的な万世橋駅跡を遺構として残しつつ、商業施設を中心としたスペースとしてオープンする運びとなった。