これまで、日本でのアルツハイマー型認知症治療薬は、1999年に発売されたアリセプト(一般名:ドネベジル、エーザイ)一種類のみでしたが、2011年1月、ようやく新しく2剤の治療薬が承認されました。1つはメマリー(一般名:メマンチン、第一三共)、もう1つはレミニール(一般名:ガランタミン、ヤンセンファーマ)です。
今回ご紹介する「メマリー」は、私自身、以前色々な文献を調べたことがあります。2009年にオーストラリアの薬理の教材で講義する機会があり、アルツハイマー薬についても解説することになったのですが、当時の私は恥ずかしながら教材にあったメマンチンという薬を知らず、多くの文献を確認しました。諸外国で標準的に使われている薬でも、日本では承認がおりていなかったり、承認が遅くなっているものが数多くあります。メマンチンもその一つでした。
※ 海外では、アルツハイマーの標準治療薬に、ドネペシル、メマンチン、ガランタミン、リバスチグミンが使われています。(リバスチグミンは、承認申請中)
アルツハイマーは患者さまだけでなく、周囲の家族にとっても辛い病気です。私の知人にも、お母さまがアルツハイマーになってしまった方がおり、お話からもその病状と周りの方々の気持ちを痛いほど感じます。今回やっと標準の薬が揃い、治療の選択肢が広がったことで、少しずつ病状の進行が抑制できるようになりました。そのような思いも込めて、以下、メマリーについて解説します。
物忘れとアルツハイマー型認知症の違い
まず、メマリーが適応されるアルツハイマー型認知症についてのおさらいです。年齢とともに、「あっ、あれ何だっけ?」「あの人の名前が思い出せない……」といった物忘れの症状を感じ、心配になる人は多いようですが、病気である「認知症」は、加齢に伴う心配のいらない「物忘れ」とは、症状や進行が全く異なります。以下の表で、物忘れと認知症の違いを確認しましょう。物忘れ 認知症
物忘れの内容 一般的な知識や常識を忘れる 体験した出来事を忘れる
物忘れの範囲 体験の一部を思い出せない 体験したこと全体を忘れる
ヒントを与える ヒントで思い出せる事が多い ヒントでも思い出せない
進行 何年経っても進行・悪化しない 緩徐に進行する(半年で変化)
物忘れの自覚 自覚があり必要以上に心配する 自覚していない、
深刻に考えていない
判断力 低下はみられない 低下していく事が多い
学習能力 維持されている 新しい事を覚えられない、
覚えようとしない
日時の認識 保たれている事が多い 混乱している事が多い
感情・意欲 保たれている 怒りっぽい、意欲に乏しい
(川畑 信也:知っておきたい認知症の基本、集英社、2007)より一部改編
10人に1人は認知症? アルツハイマー型認知症の特徴
認知症は65歳以上の高齢者に多く、2005年169万人、2010年では270万人と、高齢者の増加によって患者数も増えています。また、高齢者全体の総数に占める認知症患者の割合は、2005年6.7%、2010年には9.1%にも上り、疑いのあるものも含めると、実に高齢者の10人に1人弱は認知症であるともいえます。認知症は、いくつかの疾患の原因によります。認知症の原因のうち、アルツハイマー型認知症が50~60%を占めます。これに血管性認知症が20~30%、レビー小体型認知症が10~20%、その他の原因が10%と続きます。
アルツハイマー型認知症(軽症)の症状の例として、以下のようなものが挙げられます。
- 数年前から物忘れがあり今年になって目立ってきた(進行性記憶障害)
- 何度も保険証、通帳など大事な物をなくし、再発行してもらう(社会生活に支障)
- 料理が得意だったのに、料理がきちんとできなくなる(実効性機能障害)
- 夜は良く寝ている(意識障害はない)
- 他の疾患は特にない(認知症の他の原因はない)
知人のお母さまも物忘れがひどくて大変だと何度か言っていましたが、ある日、家に帰ると、きれい好きのお母さまの台所がぐちゃぐちゃになっていたとのこと。料理をしようとして訳が分からなくなってしまったようで、この場合は実効性機能障害が出ていたと考えられます。
メマリーの作用秩序
少し専門的になりますが、メマリー(一般名:メマンチン、第一三共)の作用秩序について解説でします。メマリーは、NMDA受容体拮抗作用により、受容体内のカルシウムイオン流入を抑え、グルタミン酸受容体の一つであるNMDA受容体(N-メチル-D-アスパラギン(N-methyl-D-aspartic acid)の活性を抑える薬です。※グルタミン酸は、アミノ酸系の神経伝達物質の一つで、興奮性シナプス小胞に非常に高濃度に存在し、カルシウムイオン流入により、放出されます。(その他のアミノ酸系物質には、グリシン、GABAがあります。)
アルツハイマー型認知症になると、シナプス間隙のグルタミン酸濃度が持続的に上昇し、NMDA受容体が持続的に活性化されます。これにより細胞内に過剰にカルシウムイオンが流入し、神経細胞が障害されることが一因と考えられています。また、持続的な電気シグナル(シナプティックノイズ)が発生することで、ノイズによって重要な記憶が隠れてしまい、学習障害、記憶障害になると考えられています。
メマリーは、このNMDA受容体拮抗作用により、カルシウムイオンの流入を抑制して神経細胞の障害から守ります。また、シナプティックノイズのノイズを小さくして(幅を狭くして)記憶の信号が残るようにし、記憶・学習機能の障害を抑制します。
※アリセプト(一般名:ドネベジル)、レミニール(一般名:ガランタミン)は、コリンエステラーゼ阻害剤です。
メマリーの添付文書情報…効果・用法・副作用・価格
■ 効能効果中等度及び高度アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制
(効能・効果に関連する使用上の注意)
1. アルツハイマー型認知症と診断された患者のみに使用すること
2. 本剤がアルツハイマー型認知症の病態そのものの進行を抑制するという成績は得られていない
3. アルツハイマー型認知症以外の認知症性疾患において本剤の有効性は確認されていない
■ 用法・用量
通常、成人にはメマンチン塩酸塩として1日1回5mgから開始し、1週間に5mgずつ増量し、維持量として1日1回20mgを経口投与する。
※最初が少ない理由は、副作用の発現を抑える理由とのこと
■ 副作用
国内での治験結果(1,115例)での主な副作用は、便秘3.1%、めまい4.1%です。
■ 薬価
メマリー錠 5mg 133.90円、10mg 239.20円、20mg 427.50円
※アリセプト5mg 427.50円
日本では、単独投与、アリセプトとの併用投与の試験が実施されたようですが、その臨床効果としては、認知機能障害の進行を抑制し、言語、注意、実行及び視空間能力などの悪化の進行抑制、また、攻撃性行動障害などの行動・心理症状の進行抑制のようです。それにより、ご家族や介護者の介護負担が軽減されています。
なお、最初は、アリセプト(ドネペジル)無効例、またはアリセプトとの併用として使われることになりそうです。
発売は2011年3月と予定されていましたが、震災の影響で6月になるようです。新しい薬によって、少しでも患者さま症状とご家族の負担が軽減されることを心よりお祈り申し上げます。
(参考資料)
・第一三共プレスリリース資料
・カッツング薬理学(原書10版)(柳澤輝行、飯野正光、丸山敬、三澤美和 監訳) 丸善株式会社
・精神科治療薬処方ガイド (訳 仙波純一) MEDSi