3年ぶりにメジャー復帰を果たした野茂英雄

野茂英雄
メジャーに移籍して13年、その実力で新境地を切り開いていった野茂英雄。彼がアメリカでいまだ評価が高いのにはワケがある
野茂はとてもつかみどころがない男である。コメントは基本的には登板後しか出さず(言わず)、その間は寡黙にただ野球に打ち込んでいるだけ。しかしながら、その姿に意地を感じるのも事実である。

94年オフ、活路をメジャーへ求めた。こじれた近鉄との交渉は、結局自由契約ではなく、任意引退という形となった。ある意味、日本中を敵に回しての渡米だったのだ。その時の”恩人”である代理人の団野村氏とは今でも関係を続けている。

当時と今も変わらない野茂の態度は95年、全米中にトルネード旋風を巻き起こすと手のひらを返すようにもてはやした日本人への当て付けにしか思えてならない。08年となった今も変わらぬ態度は、「さすが野茂」と言えるだろう。

その野茂がロイヤルズでメジャーに復帰した。デビルレイズ(現レイズ)時代の05年以来3年ぶり。右ヒジの手術から限界説がずっと付きまとっていたが、メジャーに復帰できたという事実は限界ではなかったことを物語る。マイナーからメジャーへ上がるのは、自らの限界を超えなければならない。

今年、40歳となる4人がマイナー契約ながらメジャーのキャンプに招待された。野茂の他に藪、高津、桑田の4人。桑田はパイレーツでメジャー昇格にチャンスがないと知り、現役引退を決意した。高津はカブスを解雇され、ホワイトソックスのテストを受けたが不合格だった。藪はジャイアンツの投手陣事情もあるが3年ぶりの開幕メジャーをつかんだ。不惑4人衆のうち2人がメジャーへ上がれたことは快挙といえるだろう。

昨年の桑田に続き、同年代の日本のおじさんたちにまた勇気を与えてくれた。今年、日本人メジャーは16人(米国出身者以外で4番目の多さ)、キャンプ招待のマイナー契約を入れると23人で、ともに過去最高となった。それもこれも95年に野茂英雄がメジャーの扉を開けたからに他ならない。

>>13年たっても野茂の人気が高い理由>>