セーヌ左岸を意味する『リヴ・ゴーシュ』というブランド名からもうかがえるように、サンローランというブランドは、パリのインテリジェンスや美意識を象徴するようなブランドだった。
そのサンローランをグッチ・グループが買収し、プレタポルテ(既製服)部門をトム・フォードがデザインする事が決定した時、パリのジャーナリズムは過剰に反応した。
「あの(パリの至宝とも言える)サンローランを、(パリの人間ではない)他の誰かがデザインする事などできるのだろうか?」といった論調が主なものだった。
老舗グッチをドラスティックにイメージ・チェンジさせたトム・フォードも、ことサンローランに関しては、偉大な過去の遺産にスポットを当てるといった内容にとどまっていた。
他のブランドならまだしも、あの「モードの帝王」サンローランの服は、パリの基準のような存在である事が、数年前のデザイナー交代劇によって、特にモード・フリークではない私にも理解できた。
だが、視点を変えてみると、サンローランが提案してきた様々な価値観は、当時としてはかなりキッチュなものだったのではないか?と思える。
『プレタポルテ』という形式自体も、通常では考えられない貧民街(当時のセーヌ川の左岸)にサンローランが出店(’66年)して、一般庶民の服を販売したのが始まりとされる。
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新しい自分の試みを提案する場所を得た彼は、パンツ=男性、女性=スカートといった、男女の服の境界を揺さぶる、『パンツ・ルック』を次々と発表し、従来の「男らしさ」、「女らしさ」が意味していたものを変容させる。 |
また、オランダの抽象表現主義のアーティスト、モンドリアンから得たインスピレーションを大胆に服に使用(1968)。
まるでミッドセンチュリー・モダンの家具のように、アートとリンクした服は、今見てもポップな感覚に溢れている。
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