旧地名の調べ方!地名に隠された由来
市兵衛町、今井町、榎坂町、材木町、箪笥町、仲ノ町、日ケ窪町、三河台町、宮村町、竜土町と聞いて、みなさんはどこをイメージしますか?これに鳥居坂町、霞町、飯倉片町を加えれば、連想のはたらく人も多いでしょう。さらに、六本木町を加えれば間違いないですね。これらはどれも現在の東京都港区六本木一丁目から七丁目にあった旧地名(当時は麻布区)です。
昔の地名を調べてみると、明治維新以降にさまざまな変遷を辿っていることがわかります。東京では、明治2年の「番組制」、明治4年の「大区小区制」、明治6年の大区小区の改編とめまぐるしい改正を経て、明治11年に15区6郡による現在の23区の原型ができ上がりました。
「番組制」では、地名として「東京三十番組」「東京三十九番組」などと表記され、「大区小区制」では「第五大区七小区」「第六大区十六小区」などと分けられたようですが、数字ばかりの住所では何だか味気ない感じもするでしょう。
それはさておき、たとえば渋谷区東三丁目あたりの旧地名を調べてみると、「豊多摩郡澁谷町大字下澁谷字居村」となっています。この場合の「大字(おおあざ)下澁谷」が現在の町名(東三丁目)に該当し、「字(あざ)居村」に該当するものは現在の住居表示にありません。
私自身もときどき物件の旧地名を調べていますが、決して「趣味のため」や「暇だから」なのではなく、実は現在使われることのない、この「字(あざ)」のなかに重要な情報が含まれている場合があるのです。
旧地名のなかの要注意文字は「字(あざ)」
宅地開発の進んだ現代では状況が一変している場合もありますが、「字(あざ)」(小字)は、自然災害や地質、土壌などに由来したものが多く、危険を避けるための知恵として古くから伝えられた地名のこともあります。ただし、それが伝えられる途中で読み方が変わってしまったり、当て字で別の意味合いを持つようになったりした例もあるので注意しなければなりません。
たとえば、水気の多い湿地では「フケ」(沮決・泓・深)、周辺に起伏のあるエリア内の低湿地では「ヤチ」(谷地・谷津)、河川の支流に沿った低地では「エダ」(江田・枝)などといった具合です。
また、地すべりや山崩れを起こしたことの土地には、ガレ、クエ、ヌケ、ホキ、ハガ、カキ、サル、ツエなどが使われ、河川の氾濫や堤防の決壊などの水害に見舞われた土地には、オシキリ、ママ、カケ、カワウチ、アクツなどの文字がさまざまな漢字を当てて表記されています。
さらに、昔話で水に関係することの多い「蛇」などが使われた地名も、過去の水害に関係する場合があるでしょう。
東京都目黒区にもよく知られた旧地名として「蛇崩(じゃくずれ)」がありますが、「昔、大水の際に崩れた崖から大蛇が出た」という言い伝えが由来のようです(異なる説もあります)。
「大字」は比較的広い範囲ですから、そのなかに要注意文字があったとしても、個々の土地には当てはまらないことが少なくありません。その一方で「小字」はピンポイントでの土地情報を含んでいることが多いのです。
つまり、「字」が無視された現在の地名で考えてもまったく意味はないでしょう。「自由が丘」や「美しが丘」だから大丈夫だなんて即断は禁物です。また、「渋谷区」や「世田谷区」の全域が「谷」だとか、「荻窪」や「鷺沼」が「窪」や「沼」ばかりなどというはずもありません。
要注意文字はその数も多く、ここで紹介してもページ数ばかり増えてしまうので省略しますが、地名に関する書籍などは多いので、興味のある方は一度確認されるとよいでしょう。
また、地盤調査などを専門にする株式会社ジオテックのホームページなどでも細かな情報が公開されています。
ジオテック株式会社 「地盤の良否は地名からもわかります」
神奈川レスキューサポートバイクネットワーク 「地名に学ぶ自然災害の予知」
なお、「字」(小字)はもともとほとんどの土地に付けられていたものであり、「字が付いている土地は危険」などと勘違いしてはいけません。問題なのはあくまでも、「字」にどのような文字が使われていたのかということです。
ところで「字(あざ)」を調べるためにはどうすればよいのでしょうか? 危険な地名を解説した書籍やホームページは多いのに、その調査方法を記したものはなかなか見当たりません。「地元の古老に聞いてみよう」で説明が終わっている書籍すらありました。
「字」はすべての土地に必ず付いていたわけではありませんが、「絶対に大丈夫な土地」以外は調べてみる価値がありそうです。
なお、要注意の地名だったとしてもそれが即、ダメな土地だと判断することはできません。以前は危険な崖があった土地でも、現在はその崖自体がなくなっていることだってあります。
地名はひとつの参考データに過ぎませんから、要注意地名に行き当たった場合には、過去の土地利用状況、地盤・地質の調査、周囲の状況、自然災害対策の状況、自治体のハザードマップ、その他の資料を突き合せて総合的に判断することが必要です。
法務局で旧地名を調べる
法務局に備えられた土地の登記簿にはさまざまな情報が含まれています。その「表題部」には土地所在や地番、地目、地積、分筆の履歴などが記載されていますが、「字(あざ)」が載っているのは「所在」の部分です。また、「地目」欄には現在は宅地であっても以前の用途(畑・田・山林など)が記載されていることもあり、近年に水田を埋め立てたような宅地が分かる場合もあります。
ただし、登記簿がコンピュータ化されたため、現在の登記事項証明書を取得しても、「字」は記載されていないことが多いでしょう。このときはまず、コンピュータ化に伴って閉鎖された「閉鎖登記簿」を閲覧することになります。
この閉鎖登記簿に古くからの表題部がそのまま使用されている場合には、これを閲覧(または閉鎖謄本を取得)することによって「字」を確認することができます。
しかし、その表題部が途中で書き直されるなどして「字」が記載されていないこともありますから、そのような場合には表題部が作成された当初に書かれた地番、日付(その表題部のなかで一番古い情報)などを手掛かりに、さらにそれ以前の閉鎖登記簿を閲覧します。
「閉鎖登記簿」によって、ある程度は年代を遡れますが、あまり古いと保存されていない場合もあるようです。そのときは改製前の「旧公図」(旧土地台帳附属地図)を閲覧することで分かるケースもあるでしょう。
法務局によって若干の違いはありますが、おおむね明治時代からの地図が保存されており、法務局の担当者に相談すると見せてもらうことができます。「閉鎖登記簿」の閲覧方法についても、担当者に聞けばたいていは丁寧に教えてもらえます。
図書館や資料室で旧地名の由来を調べる
それぞれの区市町村で中心的な図書館へ行くと、たいていは郷土資料として地誌や地名の由来に関する資料が揃っています。そのなかで「地名の変遷」のようなタイトルの資料を探せば、地域ごとの「字(あざ)」が記載されたものが見つかるでしょう。また、図書館によっては明治・大正時代の「地籍図」やそれを復刻したものを備えている場合があり、該当エリアの「地籍図」があれば一目瞭然です。ただし、現在と地形が違うなど、場所の特定が難しい場合もあります。
広範囲に調べたい場合には、都道府県立の図書館や都道府県庁内の資料室などで調べることになりますが、うまく目的の資料に辿り着けるかどうかは行ってみなければ分かりません。
区役所、市町村役場で調べる
最近では役所内に自由に閲覧できる資料室を備えたところが増えており、ここで目的のものが見つかる場合もあるでしょう。私自身は一部の市役所で資料を見つけたことがあるものの、残念ながらどこの役所でもそうだとはいえません。また、役所の住居表示を担当する課などでも過去の資料を備えていて、相談に行けば調べてもらえることがあるようです。
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