「相貌失認(そうぼうしつにん)」とは……人の顔が覚えられない病気
目や口など、顔のパーツの1つ1うは認識できても、顔全体の認識がうまくできないのが「相貌失認」です。そのレベルが上がると、自分の顔が、自分だと認識することも困難になってきます
ただ、その相手の顔を見た時には、その相手は見知らぬ誰かのように見えても、そのあと、相手がこちらに話しかけてくると、実は自分の知っている誰かだった…といった事は、私たちの誰かに時に起き得ることです。
実際、人の顔の記憶力は、人それぞれで、一度見た顔は決して忘れない人もいれば。顔を覚えるのはかなり苦手な人もいます。それも個性と言えば個性でしょうが、やはり社会生活上は、人の顔の認識力は、出来るだけ良くしておきたいものです。もしも何回も同じ場にいた相手が、自分の顔を覚えていなかったら、人によってはかなり気分を害されるかもしれません。
しかし、こうした顔の記憶力の問題には、場合によっては、今回取り上げる「相貌失認(そうぼうしつにん)」と呼ばれる問題が関わる可能性もあります。その意味するところは、人の顔を覚えられないのは。決して当人の気持ちが関わる問題ではない、ということです。それでは以下に、まず相貌失認の発生原因から詳しく解説します。
相貌失認の原因……脳内の情報処理に何か問題が
相貌失認では、目や鼻、口など、顔のパーツの1つ1つは充分認識できますが、それらが全体として定める、「顔」の認識力に問題があります。そうした問題が発生する背景として、相手の顔を認識する際に必要な、脳内での情報処理は、一つ一つのパーツを認識する時よりも、かなり複雑です。実際、私たちは相手の顔をひと目、見れば、機嫌が良いのか悪いのか、およそ見当は付くものです。でも顔のパーツの1つだけを見ていては、例えば、相手の鼻だけ見ていては、機嫌の良し悪しはなかなか分からないでしょう。見方を変えれば、相手の鼻には、機源の良し悪しを定める、充分な情報はないが、鼻だけでなく、目や口、そしてその他のパーツが加わることで、機嫌の良し悪しを定める、充分な情報が出てくる…となれば、それに応じて、脳内での情報処理がそれだけ複雑になります。
それで、相貌失認の問題点を分かりやすく伝えるため、少々雑な物言いになるかもしれませんが、相貌失認では脳内での情報処理に何か問題が出ているので、目や口など、顔のパーツの1つ1つを認識することは、さほど複雑ではないのでOkです。しかし、相手が誰かといった、そのお顔が現している情報をしっかり認識することは、かなり複雑な情報処理が必要なので、難点が出てくる…といったことが、相貌失認のイメージとして分かりやすいかもしれません。そして、脳内でのそうした問題に関しては、左の下側頭葉皮質という領域と、左側頭葉内の視覚連合野という領域のつながりに何か問題がある…といったような事が言われています。
相貌失認の症状
相貌失認で出てくる問題自体は、脳内の視覚情報処理に発生している問題に応じて、内容に差が多少ありますが、一般的には以下の通りです。- テレビや映画を鑑賞中、登場人物のスジがつながらない
- ついさっき会ったばかりの相手でも、場所が変わると、もう誰だか分からない
- 相手が誰かを顔では判別し難いので、主に声や歩き方、あるいは、大きな鼻といった特徴や服装などで判別せざるを得ない
相貌失認の歴史と患者数
この疾患の病名になっている、相貌失認(prosopagnosia)という語自体は、1947年にドイツの神経学者Bodamerが、頭部外傷後、家族や友人の顔を認識できなくなった若い男性を報告した際に、生まれた名だとされています。その語源は、ギリシア語で顔を意味するprosoponと、一般的な医学用語の失認 (agnosia)という、2つの語の合成です。それからの数十年間は、相貌失認は極めて珍しい疾患と考えられていました。Bodamerが報告した頭部外傷の症例の他にも、アルツハイマー病などによる脳内の器質的病変のために、場合によっては起き得る問題だと考えられていました。しかし1980~90年代になると、先天的な相貌失認があることも分かってきました。
もしも、頭部外傷後などに、二次的に相貌失認が出てきた場合は、以前との違いに自分や周りの人もすぐ気付くはずです。しかし生まれつきの場合ならば、物心付いた頃から自分はそうなので、相手の顔を認識する能力が周りの人間とかなり異なっていることに、なかなか気付き難い面があります。そのため先天的な相貌失認は実は本人が気付いていないだけで、その実数は決して稀とは言えない数字になっていると、最近言われています。数え方にもよりますが、人口の2%近い人が実は何らかの相貌失認だという、数字もあります。
相貌失認の治療法・対処法
相貌失認はまだその原因自体、はっきり解明されていない事もあり、それ自体を解決する根本的な治療法はまだ用意されていません。そのため。相手の声や服装の傾向を覚える、あるいは鼻の大きさなど、相貌失認があっても、しっかり認識できる、顔の特定のパーツなどから、相手を識別する精度をできるだけ上げていく事が現時点での、基本的な対処法です。そして、相貌失認という疾患、あるいは問題というべきものが存在することは、世間的にも広く認知されるべきことだと思います。それは、「あの人とは何度も会っているのに、また知らんぷりされた」などという誤解でお互い嫌な思いをすることを、未然に避けることにもなります。同時に、もしも何らかの相貌失認のある方ならば、自分のその状態や、この相貌失念という言葉自体も周囲に明言しておけば、無用なトラブルをきっと避けれるはず…といったことも、今回のポイントとして併せて、どうか覚えておいてください。
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