旅館/宿・旅館関連情報

「旅館再生」の現場から(2ページ目)

旅館再生には数年の時間がかかります。その間、コスト削減や新しい事業モデルの確立など様々な改革が進行します。そして、理想の旅館再生の結末とは・・・。

井門 隆夫

執筆者:井門 隆夫

旅館ガイド

旅館再生とは、旧時代から新時代への事業承継の一手法

旅館の収支構成
一泊2万円の旅館の収支構成の事例。利益がゼロだけど・・・これが、旅館業界の平均的な姿(07年)。

「調理長が業者からリベートもらってる」「総務課長が勝手に架空パートさんのタイムカードを作って押している」・・・経営者の見えないところで、社員たちが悪さをするようになってくるのが、企業としての末期症状です。
その原因を探ると、必ずや「人件費の削減」に行き当たります。収益を生むために、働き手の頭数や給与に手を付けるのが一番手っ取り早いからです。なぜなら、旅館業の経費で一番大きいのが「人件費」。旅館業は、装置産業であるとともに、人手のかかる労働集約産業でもあるのです(上図)。
そこで、給与を減らされた社員が窮余の策で起こしてしまうのが、金銭事故。そして、その実態は、必ずや「社員の内部通告」で表に出てきます。社長は怒るかもしれません。でも、元をただせば、行き過ぎた人件費削減にも原因が大いにあるような気がします。
旅館のコスト削減は、極力お客様に影響のないところで行うべきであり、影響が出る場合でもうまく演出することが必要です。「環境のために」というのが一番理解を得やすいでしょうか。国の「クールビズ」だって、コスト削減ですからね。人件費の次に大きい「食材原価」に関しても、料理だって、技術力のない調理人はすぐ「高価な食材」を使いたがります。でも、車えびというのはブラックタイガーで、すずきはナイルパーチで、伊勢海老はロブスターで、毛がにはクリガニでとコスト削減の折、似非高級食材で代替してしまいます。そうではなく、野菜やきのこのようなありきたりの食材でも、演出で美味しく魅せるのが調理人の技術。旅館業界で、調理技術を伝授する講習会が少ないのが気がかりなんですよね。
そして、意外に大きいのが「営業経費」。自らの営業手法や商品企画ノウハウを持たない旅館は、これまで旅行会社に依存してきました。客室のうち何割かを旅行会社数社に「ブロック」として提供します。返してと言っても返してくれない時も少なくありません。そして直前に取消されることも・・・。売っていただいたら15%以上の手数料を支払います。インターネットで売ればコストも少なくて済む時代。こうした理不尽にも耐えながら、販売してもらっています。というのも、ブロック客室を少しでも引き上げようものなら、旅行会社の売上は激減するからです。旅行会社も決して悪気があるわけではなく、その要因は、むしろ消費者受けする商品を作れない旅館にも問題があるのです。調理人同様、商品づくりのための講習会などは、ほとんど行われていないので仕方ありません。全国に観光学を教える大学があるのに、経営者向けの実学は教えてくれないのが残念です。
でも、見事に、数年間の経営改革期を経て、立派に再生していく旅館もぼちぼち出始めています。旅館にとっての最高の再生は、「私的整理(債務免除)していただいた責任を取り、経営者は退陣するけれど、(いったんスポンサーをはさんだり、しなかったりは様々ですが)経営改革期を経て、いずれは子息をトップとする会社を作り、そこに営業譲渡されるスキーム」。中小企業にとって事業承継は最大の課題。収益を生む事業モデルを作り上げる一方で、自らは責任を取って引退し、(場合によっては自己破産してでも)負債を適正化してから、事業を後継に託すことが、旅館再生の目的なのです。
旅館は、家業。
事業に失敗した結果、競売で異業種に買われていき、異業種が新しい事業モデルを生み出して市場を活性化していくのも旅館再生。でも、本来の旅館再生とは、代々その地で経営する家業が、新たな事業モデルを生み出し、新しい時代の「老舗」として脈々とその伝統と雇用の場を受け継いでいくことなのです。
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