脳科学・脳の健康

男性脳・女性脳は違うのか?右脳と左脳をつなぐ脳梁の性差と真偽

【脳科学者が解説】「男性脳」「女性脳」の科学的根拠はあるのでしょうか。男女の脳の違いの根拠として、右脳と左脳をつなぐ「脳梁」の大きさの差がよく挙げられますが、この報告をした最初の科学論文は非常に簡素なものでした。現代の脳科学研究から、脳の男女差にエビデンスはあるのか考えてみましょう。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

ほぼ左右対称の私たちの体…脳の左右をつなげる脳梁

男性脳・女性脳の違いはあるのか

いわゆる「男性脳」「女性脳」の根拠として脳梁の太さの違いが使われることがあります。これは本当でしょうか?

私たちの体の手、足、眼、耳、鼻の穴など多くの部分は、中心線に対してほぼ左右対称に2つ備わっています。内臓のうち、肺、腎臓、卵巣や精巣なども、同じように左右一対あります。1つしかないように見える心臓も、中の構造を詳しく見てみると、左心房・左心室と右心房・右心室と分かれており、体の左右に対応してできています。

脳はどうでしょうか。多くの方がご存知のように、少なくとも大脳皮質は、中心線で分けられる「左半球」と「右半球」の2つからできています。一見するとほとんど同じですが、大きさやシワの入り方が微妙に違います。でもそれは左右差を論じるほどの差ではなく、「右足より左足のサイズの方が少し大きい」「右目は一重だけど左目は二重」という程度のもので、基本的には「ほぼ」左右対称とみなしてよいでしょう。

ホムンクルスとは?大脳皮質のマッピングで現れる脳の中の小人」で少し触れましたように、大脳新皮質の運動野の神経細胞から出力した信号は、「左右交叉」して手足などの筋肉まで伝えられます。つまり、右手を動かす指令は左半球の運動野から出ているということです。大脳新皮質の体性感覚野に入ってくる信号も、「左右交叉」しています。つまり、左足をぶつけたときの信号は右半球の体性感覚野に伝えられて、右の脳が「痛い!」と応答しているのです。なぜ脳が左半球と右半球に分かれる必要があったかと言えば、おそらく右半身と左半身に対応するために用意されたと考えるのが妥当でしょう。

ただし、運動も感覚も、左右どちらか片方だけで済むことはむしろ少ないですね。たとえば、包丁を器用に使ってリンゴの皮を剥こうとするときには、両手を上手に組み合わせて動かす必要があります(そうしないとケガをしてしまいます)。つまり、左半球と右半球からの運動指令が、独立して勝手に与えられるだけではだめで、左右お互いの情報を交換して参照しながら進める必要があります。

そこで今回は、この大脳の左半球と右半球の間にある「脳梁(のうりょう)」という部分のお話をしたいと思います。よく聞く「男性脳」「女性脳」は、この脳梁の性差を根拠に言われているようです。その真偽についても考えてみましょう。
 

脳梁とは……左半球と右半球の渡し橋

住宅建築用語として使われる「梁(はり)」は、棟木と直行する方向に横に渡して、建物の上からの荷重を支える部材のことをさします。とくに屋根の直下にある梁は、左右の屋根をしっかり支える役割を果たしています。ちなみに、漢字の中に「さんずい」が入っていることからうかがえるように、元々は、河川の両端を結ぶ「渡し橋」に由来しているそうです。

私たちの脳の中にある「脳梁」の場所を下図に示しました。左半球と右半球を支えるような位置にあり、機能的にも、両脳を結ぶ「渡し橋」の役割を果たしています。
脳梁,左脳,右脳

ヒトの脳の横断面中、赤い破線で囲ったところが「脳梁」。

脳梁は、両半球の皮質を結んでいる神経線維の束です。もっと具体的には、左半球の皮質にある神経細胞の軸索が右半球へ、右半球の皮質にある神経細胞の軸索が左半球へとつながって伸びていくときの通り道になります。脳梁には、およそ2億~3億5000万本の神経線維が行き来しています。言うまでもなく、両半球をつなぐ働きをしていますので、もし損傷してしまうと、左右間の神経線維の連絡が断たれて、脳全体がバランスよく働かなくなります。

しかし、なぜ両半球を結ぶ神経線維の通り道が決まっているのか、その理由を考えてみましょう。

お恥ずかしい話ですが、私の家のリビングで使っているテレビ周りの電気配線はひどいものです。限られた数のコンセントに、子どもたちのゲーム機、私のPC、スマホの充電器、照明器具、小型暖房器具などのプラグを抜き差ししているうちに、電気コードがひどくねじれてからみつき、いったいどの線が何につながっているのかさえ分からなくなってしまうことが日常茶飯事です。絡み合ったコードが干渉し合って、火災の原因にもなりかねないとも言われています。みなさんもきっと心当たりがあることでしょう。実は、この問題はちょっとした工夫で解決できます。

最近は、PC周りの電源コードをスマートに収納するために、「スパイラルチューブ」と呼ばれる製品(半透明プラスチックでできたらせん状のチューブ)が売られているのをご存知でしょうか。複数の電源コードをまとめてそのチューブを通すだけで、コードが絡まなくなるという優れものです。ちなみに、そんなものにお金を出すのが勿体ないという方へのお勧めは、トイレットペーパーの芯です。すべての電気コードを、縦に並べたいくつかのトイレットペーパーの芯を通してからコンセントにつないでみてください。コードの通り道を決めるだけで、本当に絡まなくなるので、感動的です。「脳梁」という場所が脳の中に用意されたのも、これと同じなのではないかと思います。もし両半球の神経線維が好き勝手なところを通ってよいことにしてしまうと、きっと脳の中の配線がぐちゃぐちゃになってしまうことでしょう。しかし、脳梁という指定された場所を必ず通ってから左右を行き来するようにすれば問題は生じないというわけです。誰に教えられたわけでもないのにそうなっているとは、私たちの脳ってよくできてるなあ、すごいなあと改めて感心します。
 

「男性脳」「女性脳」は本当に違うのか? 脳梁にみられる性差の真偽

脳梁に関してよく話題になるのが、「女性の方が大きい」ということです。そして、その特徴が、女性に特徴的な脳の性質、つまり「女性脳」の根拠とされています。

男性より女性の方が、きめ細やかで、よく気がつくと言われます。あなたが妻帯者の男性なら、「髪を切ったのに気づかないの?」と奥様に叱られた経験があるかもしれません。私自身も、周りの変化に疎く、よく気が回らないと叱られることがしばしばです。

女性の方が複数の事を同時に行うのが得意であるとも言われます。確かに、私は、一つのことを集中して黙々と作業をこなすのは得意ですが、途中であれこれ言われると混乱しがちです。たくさんのことを同時にこなせる人がうらやましく思います。

一般に女性の方がおしゃべり好きだとも言われます。たとえば男女がデートをしていて、彼女がお店でお気に入りの洋服を見つけて「これ似合う?」と質問。すると彼氏は「似合うよ」とやさしく返したつもりが、彼女は「たったそれだけ?つまらない」。彼女は似合うか似合わないかの結論が知りたいのではなく、それをきっかけにあれこれとおしゃべりがしたいのです。

脳梁が大きいということは、左半球と右半球の神経連絡がたくさんあるということです。女性の方が、左半球と右半球の連絡が上手にできるから、きめ細やかで、たくさんのことが一度にできて、おしゃべり好きなんですーと説明されれば、確かに頷かざるを得ませんね。多くの人の共感を呼んで、定説のようになっているのも仕方ありません。しかし、実はこれらすべて、「よくできたウソ」かもしれないのです。
 

男性脳・女性脳のエビデンスは? 現代科学でも結論は出せず

「女性の方が脳梁が大きい」という根拠とされる最初の科学論文は、1982年に発表されました(Science 216(4553): 1431-1432, 1982)。アメリカ・ニューヨークのコロンビア大学の研究者らによる「Sexual Dimorphism in the Human Corpus Callosum(人間の脳梁における性的二形)」と言う題名のごく簡単な短報ですが、もっとも権威ある学術誌に掲載されたわけですから、多くの人が信用しました。その結果、過大評価されたまま人から人へと語り継がれて、今に至っています。脳梁の大きさに男女差があると記載した一部の専門書や教科書もあるようです。

しかし、改めてその論文を読み直してみると、驚くほど簡素な内容なのです。英語の論文を読めるという方は、是非とも原文を自分の目で確かめてほしいと思います。

実は、当該論文中に示されているのは、今の脳科学でよく利用される精密なMRIのデータとかではなく、死後脳を解剖して測定されたデータを集めたものです。しかも、年齢や病歴などバラバラの男性9人、女性5人から得られた測定値をまとめただけの予備的な結果にすぎません。統計解析の結果、脳梁全体の大きさに差は認められませんでしたが、脳梁の最後部に位置する膨大部(splenium)は女性の方が有意に大きいという結果が得られたようです。そして著者らは、「脳梁の膨大部は、空間認知に関わる頭頂葉や、視覚に関わる後頭葉の神経線維が左右を行き交う部分なので、空間認知や視覚の性差に関連している可能性がある」と考察しています。

統計解析は、客観的な判断を下すのに有用ですが、万能ではありません。とくに標本数が少ないほど、「偶然」によって「差がある」と判定されてしまう危険性が高いことを考慮しなければなりません。わずか男性9人と女性5人の比較だけで、何十億人もいる男性と女性を二分するような決めつけをしていいのでしょうか。原文を読んだ私自身は、とても信じる気にはなれませんでした。

私と同じような疑念をいだいた研究者はたくさんいらっしゃったようで、より大規模なメタアナリシスなどが報告され、そのほとんどが「前の論文で言われていたような差が認められない」という結論でした。近年になって、実験手法の発展に伴い、より正確かつ詳細に解析されたデータが報告され続けていますが、若年層でわずかな男女差ありとする報告もいくつかある一方で、男女差なしとする報告も依然と多く、確定した結論が得られていないのが現状です。

「男性脳・女性脳」の話は、ネタとしては面白く、だからこそこうして記事にしているわけですが、その中身を解説するには値しないというのが科学者としての私の結論です。
 

脳科学から見ても、重視すべきは性差ではなく個人差

脳梁以外にも、脳の性差については、今も多くの研究が続けられていますが、はっきりとしたことは何一つわかっていないというのが本当のところです。また、性差について分析するときには、男性群と女性群の平均値とデータの広がりを統計的に解析して差があるかどうかを判定しますが、私たちの実生活にとって、男女それぞれの「平均値」と照らし合わせることはほとんど意味がないのはないでしょうか。

「女性は地図が読めない」という通説がありますが、地図が読めない男性よりも、ずっと地図が読める女性もいます。女性よりおしゃべりで感情的な男性もいます。そもそもそれらは個性であって、男女という2群で区別しようとすること自体、ナンセンスなのではないでしょうか。とくに性が多様化する現代社会に合わせて、男女差を議論するより、単純に目の前にいる人の個性をお互いが尊重しあうことの方が大切だと私は思います。
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