【Pick of the Month JUNE 今月の一本】
『秘密の花園in concert』
6月12~14日=川崎アートセンター アルテリオ小劇場
問い合わせ:2015secretgarden@gmail.com
『秘密の花園in concert』
【見どころ】
バーネットの同名の児童文学をルーシー・サイモンの美しい旋律で彩り、91年のトニー賞で脚本賞を含む3部門を受賞したブロードウェイ・ミュージカル。一度来日公演があったものの、その後は事実上「忘れられていた」傑作がコンサート形式で上演されます。
疫病の流行で孤児となり、インドから英国へと渡ってきた少女メアリーが、打ち捨てられた庭園を蘇らせようと奮闘するうちに、奇跡が起こる…。オリジナルの舞台版はヴィクトリア朝の飛び出す絵本のようなセットデザインも大きな魅力でしたが、今回は音楽に特化。阿川建一郎さん、武藤寛さん、末次美沙緒さん、光枝明彦さんら劇団四季出身の実力派俳優と、オーディションで選ばれた歌唱力の高い子役たちが、優しさに包まれた劇世界を丁寧に歌い上げます。この公演の成功いかんによっては、フルステージ版が実現するかも…?! 期待を胸に、見守りましょう!
【稽古場レポート】
歌稽古を経て本読みに入ったばかりの稽古場を訪れると、扉を開けた瞬間、美しいコーラスに体が包まれました。甘やかで物哀しく、心にそっと寄り添うようなメロディ。演出家と10数名のキャストが円陣を組む光景はどこかあたたかく、既に作品の空気がカンパニーに浸透していることを感じさせます。
『秘密の花園』稽古風景(C)Marino Matsushima
タイトルには「in concert」とある公演ですが、作品から歌だけを取り出して歌うのではなく、今回は台詞を含めた形での上演。序盤のナンバーでは、主人公のメアリーと屋敷の主人アーチボルト、そして彼らを見守るリリーの霊と“夢の世界の住人たち”のパートが幾重にも折り重なり、ちょっぴりゴシックホラーのような趣のある、美しくも迫力ある歌唱が展開します。しかし演出の横山清崇さんは「“いい曲”ではなく“いいシーン”にしてください」と注文。「物理的には生きているが、(喪失感のために)人生を動かしていない人物になって」等、キャラクターの内面をさらに掘り下げ、表現することを求めます。コンサート形式とは思えないほど、ドラマとしての作りこみが丁寧になされ、これは相当に見ごたえ、聴きごたえのある舞台となりそう!
『秘密の花園』稽古風景(C)Marino Matsushima
この細やかな演出の出発点となっているのが、今回の公演が決まり台本を読んで改めて感じた、「現代に上演する意義」なのだと横山さんは言います。「僕も簡単にネットで動画を見てしまったりしていますが、現代の人間は目に入ってくるものが真実と思いこみがち。でも『秘密の花園』は、枯れているように見える木々が実は死んでいるのではなく、春の準備をしているといった描写を通して、“見えないものにも目を向け、感性を開くこと=想像力の大切さ”を教えてくれる作品だと思います」。そんな作品にとって、今回のコンサート形式はまさに理想的な上演形態。「音楽と台詞のやりとりだけで、お客さまの中に僕らの伝えたいものが湧き上がってくれたら。例えばお屋敷のセットを見せて“屋敷がある”と認識していただくのではなく、(観客の想像力を刺激することで)そう見えるような感覚になっていただければと思っています」
もともとダンサー志望で劇団四季に入団し、浅利慶太さんの指名で演出助手となった横山さん。今回の出演者には四季出身の実力派俳優たちも少なくなく、横山さんにとっては心強いところでしょう。主人公メアリーが出会う庭師のおじさんベンを演じるのは、硬軟自在の演技で数々の当たり役を生み、最近は『タイタニック』の船長が記憶に新しい光枝明彦さん。「とにかく曲が美しい、素晴らしい作品です。自分の役については、まだ決まっていない部分もありますが、英国のムーアという土地柄“目に見えないもの”の存在や力を信じるようになったおじさんの雰囲気を出せたら面白いかなと思っています。彼のソロ・ナンバーも、曲は童謡風なのに歌詞はちょっと怖くて面白いんですよ」と、役作りを楽しんでいらっしゃるご様子。
(左から)演出の横山清崇さん、光枝明彦さん、阿川建一郎さん(C)Marino Matsushima
喪失感の中で心を閉ざしたアーチボルトを演じる阿川建一郎さんも、劇団四季の出身です。「本作のナンバーは以前、ライブで歌ったことがあるのですが、作品を知らない方がほとんどだったにも関わらず、お客様から“心に残った”と大きな反響をいただきました。僕自身、稽古していてぼろぼろ泣いてしまうような、心洗われるものがあり、こういう音楽にはこれまで出会っていなかったなあと感じます。アーチボルトが抱える思いを声で表現するのは簡単ではありませんが、劇団時代に『ジーザス・クライスト=スーパースター』で司祭を演じた時、先輩方に“拳銃を抱えているつもりで歌うと実感のこもった声になる”などとアドバイスをいただき、試行錯誤した思い出がありますので、今回もいろいろ工夫してみたいですね」。ボーカル講師でもある阿川さんによると、音がとりにくい多重唱でもすっと歌えるほど、今回は子役たちの歌唱力も相当に高いのだとか。音楽的にも演劇的な意味でも、予想を超えるステージが誕生しそうです。
『秘密の花園』
【観劇レポート】
白い布を天井から吊っているようにも、逆に地上から天へとのびてゆく樹木のようにも見えるセット。舞台中央のこの“樹木”の前に始めに現れるのは、メアリーが引き取られる屋敷の主人、アーチボルドの亡き妻リリー。演じるソプラノ歌手、湯浅ももこさんが清らかな高音で花の名前をゆっくりと挙げ、観客を喪失と再生の物語の中へいざないます。
『秘密の花園』
コレラによって家族を失ったメアリーは唯一の親戚であるクレイブン家に身を寄せるも、主人のアーチボルドは妻リリーの死を乗り越えられず、彼女が残した“秘密の花園”も荒れ果てたまま。またリリーの遺児コリンは体が弱く、自分ももうすぐ死ぬのではないかと恐怖に怯えています。しかし生来“ひねくれもの”のメアリーはそんな“負”の匂いが蔓延する屋敷に怖じ気づくことなく、召使の息子ディコンの力を借りて“秘密の花園”にたどり着き、それを生き返らせようとする。彼女の行動はコリンを、そしてアーチボルドの凍った心を溶かすことができるのか…。
植物の生命力になぞらえて、人間の“悲しみを乗り越える力”を描く本作。今回のコンサート版ではリリー役や死者を意味する“ドリーマーズ”という名のアンサンブルを声楽の歌手たちが担当し、力強い歌唱を披露することによって、人間たちが目に見えない存在から見守られ、また支えられていることが感じられます。彼らの声が何重にも重なり高まる中でコリンが遂に自分の足で立ち上がる中盤のクライマックスは、“奇跡”の存在が確信できるほどの大迫力。
『秘密の花園』
子供が歌うことを加味していないかのような(?)難しい楽曲も丁寧に歌いこなしているメアリー、コリン役の蒲生彩華さん、桐生真努さん(それぞれ池田葵さん、岡●=山偏に竒=桃子さんとのダブルキャスト)、妻の死にとらわれるアーチボルドをナイーブに演じる阿川建一郎さん、気のいい召使マーサ役の末次美沙緒さん、控えめながら頼れるオーラの老庭師ベン役・光枝明彦さん、自然を理解し、飄々とメアリーにその魅力を教えるディコン役の高畑翼さんら、出演者もそれぞれにいい味を出しています。
『秘密の花園』
その中でも特に興味深かったのが、武藤寛さん演じるアーチボルドの弟、ネヴィル役。実はやはりリリーを愛していた彼は、医師として、リリーの遺児コリンを籠の中に囲うように診続けています。兄への嫉妬と愛する人を失った喪失感からコリンの生きる力を見逃し、封印し続ける彼の哀しさを、凛とした立ち振る舞いの中で表現する武藤さん。本作が決してシンプルなファミリー・ミュージカルではなく、大人の複雑な心情を反映する作品であることが確認できます。
コンサートという形式をフルに活かした今回の上演は既に十分に完成して見えますが、作品と真摯に向き合い、その魅力を熟知しているこのメンバー、このスタッフでのフルステージ版も観てみたいところ。ぜひ実現を!