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『寝相』滝口悠生インタビュー

「さいしょの1冊」をテーマに話題の本の話を聞きます。第3回のゲストは、滝口悠生さん。初めての単行本『寝相』について語っていただきました!

石井 千湖

執筆者:石井 千湖

話題の本ガイド

日常を見る視点が変わる小説『寝相』

85歳の竹春と孫娘なつめの穏やかで不思議な同居生活「寝相」、失業中の行夫が地元の同級生や地面を這う小学生と交流する「わたしの小春日和」、4人の男女が住宅地を迷い歩くうちに奇妙な庭にたどりつく「楽器」(第43回新潮新人賞受賞作)の3編を収録。

ただ古い家のなかで暮らしているだけなのに、ただ友達や子供と会っているだけなのに、ただ散歩しているだけなのに、細密でユーモラスな文章に引き込まれる。読んだあとは世界の彩りが豊かになったように感じる本です。

 カッパのミイラを見に行って

滝口悠生さん

滝口悠生(たきぐち・ゆうしょう)1982年東京生まれ。2011年「楽器」で第43回新潮新人賞受賞。輸入食品店に勤務。いま住んでいる家は「寝相」に出てくるような古い木造家屋だそうです。

――新潮新人賞を受賞した直後のインタビューによれば、「高校からそのまま大学に入るのがいやで、パン屋やコンビニでバイトしてた」そうですね。どうしてですか?

滝口 いま思えば間違ってるんですけど、子供のころからあまのじゃくで、ともかく大勢と逆方向に行かないといけないという感じだったんですよ。だから高校三年生になってみんなが受験勉強をはじめると、自分はちがう方を選ばなきゃいけないんじゃないかなと(笑)。中学生のときもそう思ったのに高校には行ったから、徹底しているわけじゃないんです。太い理念もない。ただ、なんとなく少数のほうにまわりがちでした。

――子供のころ、本は好きでしたか?

滝口 本よりも絵が好きで、絵ばかり書いていました。あまのじゃくは、絵を習っていた先生の影響もあるかもしれません。彫刻をしている人で、ちょっと世間から外れた感じだったから。大きな鉄の塊を持ってきて、ずっとハンマーで叩くような作品をつくっていました。
文章だけの本を読むようになったのは、中学生くらいからです。小説じゃなくて、大槻ケンヂの日記を繰り返し読んでいましたね。

――『オーケンののほほん日記』! 滝口さんの作品に通じるものがある気がします。どんなところに惹かれたんでしょう。

滝口 大きな事件はなくても、毎日起こったことや見たもの、考えたことが書かれている。誰かの日常を文章という形で読むのが面白かったんですね。その後も特定の作家にすっぽりはまったり、系統立てた読み方はしてなかったです。いまもしていないんですけど。
高校を卒業して、何をしようかというときに、文章を書きたいなと。どこかに応募するような気力はないから、とりあえずフリーペーパーを作って配布しました。無料だったらけっこう置いてくれるところがあるんですよ。

――何を書いたんですか?

滝口 秩父のほうにある博物館でカッパのミイラが公開されるという新聞記事を読んで、友達と見に行こうという話をしたんですよ。現地で待ち合わせることになったんですけど、電車が全然なくて。僕が2時間遅れたりして、やっと川沿いにある博物館にたどりついたら、休館日で閉まっていたんです(笑)。川に行くまでのこととか、今日はおかしな日だったな、ということを書きました。

――すんなり書けました?

滝口 うん、書けたんですよ。散漫な時間で、散漫な場所だったのに、書けるものだなと思いました。そのフリーペーパーを読んだ人が声をかけてくれて、自費出版の会社でアルバイトをするようになったんです。

――求人情報を見ないで職を得るという、「わたしの小春日和」の主人公がやろうとしたことを実現してますよね(笑)。フリーペーパーはその後もずっと出し続けたんですか?

滝口 いや、しばらくするとやめてしまいました。分量が長くなってフリーペーパーにするのがたいへんになったし、書くものも文学寄りになっていったので。高校を卒業してから、文芸誌を読むようになったんです。「新潮」で連載されていた保坂和志さんの小説論「小説をめぐって」や、保坂さんが取り上げていた岡田利規さんの『わたしたちに許された特別な時間の終わり』などに非常に感化されました。 

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