同日の朝日ドットコムの記事を一部引用します。
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三笠宮さまの心臓手術終わる
聖路加国際病院(東京都中央区)に入院中の三笠宮崇仁(たかひと)さま(96)が11日午後に受けていた心臓の手術は無事終了し、三笠宮さまは午後4時半ごろ手術室を出て集中治療室に戻った。
三笠宮さまは、持病の「僧帽弁閉鎖不全」で血液が逆流して血圧が低下する症状があり、十分な血流を確保するため弁の機能を回復する僧帽弁形成手術を受けた。正午すぎに手術室に入り、全身麻酔を受けて人工心肺を使い、午後1時ごろから手術が始まっていた。
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僧帽弁閉鎖不全症という病気のため心不全が悪化し、お薬などの治療だけではいのちの危険が迫ったため、96歳というご高齢ですが手術に踏み切り、壊れた僧帽弁を修復されたわけです。
これには宮さまご自身が元気になる道、生きる道を希望されたためと聞いております。ガイドの私見ですが、生きること自体、あるいは生きることを望むことが素晴らしいと思います。もちろん生きて有意義な時間を過ごす、あるいは楽しむなどができればさらに素晴らしいと思います。
また宮さまは天皇陛下の叔父さまにあたられ、多くの国民から親しまれておられるお方だけに、順調なご回復を心からお祈りするものです。
さて僧帽弁閉鎖不全症とはどういう病気なのでしょうか。
僧帽弁閉鎖不全症
心臓の弁を示します
この僧帽弁がなんらかの原因でうまく閉じなくなると、左室が血液を全身に送るときに血液が逆流し、全身に届かず左心房というプールのような部屋にもどってしまいます。これが僧帽弁閉鎖不全症です。
僧帽弁閉鎖不全症が軽いうちはとくに治療は要らないのですが、次第に逆流が増えてくると心臓が大きくなり、また肺がうっ血して心不全になっていきます。症状としては息苦しくなります。重症になると運動時だけでなく安静時にも息切れや息苦しさが出てきます。動悸や下肢のむくみなどの症状が出ることもあります。
三笠宮さまの手術前の状態はこの心不全がかなり進んだ、重い状態で、さまざまなお薬や点滴などをつかってもなかなか改善しないほどになっておられたようです。
運動時の息切れは僧帽弁閉鎖不全症の重要な症状のひとつです
そこで僧帽弁閉鎖不全症の重症例には手術が必要となるのです。
その判断には、日本の心臓病関係のトップに位置する学会である日本循環器学会が発行しているガイドラインが参考になります。
三笠宮さまのように高度の僧帽弁閉鎖不全症で強い症状が出ている場合は、一般に心臓手術がガイドラインで強く勧められています。
もちろんご年齢や体の状態から手術が危険すぎる場合には、その手術が患者さんにとってリスク以上の利点をもたらすかどうかを慎重に見極める必要があります。
なお、心臓弁膜症の総論、原因・症状・診断はこちらをご参照ください。
心臓弁膜症の総論、治療・予後はこちらをどうぞ。
僧帽弁形成術
人工弁の一例。生体弁とよばれる動物組織で作った弁です
ひとつは患者さんの弁を切り取り、それに代えて人工弁を植え付ける、僧帽弁置換術です。
もうひとつはその患者さんの僧帽弁を切り取らず、それを修復してきちんと開閉するように治す、僧帽弁形成術があります。
三笠宮さまが受けられた手術はこの僧帽弁形成術でした。
僧帽弁形成術の一例。そら豆型の構造物が弁の付け根を安定させるリングです。リングの内側の上の部分が前尖、下の部分が後尖です
ただし僧帽弁形成術は僧帽弁置換術と比べると患者さんの弁の状態によってさまざまな対応が必要で、ワンパターンではありません。
そのため経験豊富なエキスパートでないと確実性が劣るという問題があります。
この意味でも三笠宮さまはこの弁形成術の経験豊富な心臓外科医に手術をゆだねられたことは賢明であったと言えましょう。
僧帽弁形成術にもさまざまなものがあります。僧帽弁がひらひら開閉する部分のうち、後ろ側にある後尖を支える糸(腱索と呼びます)が切れたり伸びたりする弁逸脱がもっともシンプルな僧帽弁形成術となります。一般に、後尖の悪い部分をきれいに切り取り、残りの弁をつなぐことで仕上がるからです。三笠宮さまの場合はこの手術が行われた模様です。状況によっては人工腱索と呼ばれる糸をぬいつけて、後尖が正しい位置で作動するようにすることもあります。
前側にある前尖を支える糸が切れたり伸びたりして起
僧帽弁形成術の実例。複雑な弁形成が仕上がったところです。きれいにかみ合い、閉じて、もれなくなりました
さらには前尖と後尖のいずれもが逸脱するような場合では、弁形成もいくつかの方法を組み合わせるようになり、複雑な弁形成となります。
その上には、バーロー症候群と呼ばれる、弁全体が瘤のように膨らみ、あちこち弁形成する必要が生じて完全に治すことがやや難しくなる状態もあります。このレベルになりますと、弁形成術のエキスパートが安定した成績を出せる領域と言えましょう。
それ以外にもばい菌により弁が破壊される感染性心内膜炎(略称 IE)や、心筋梗塞や心筋症などに合併する機能性僧帽弁閉鎖不全症などがあり、いずれも重症では油断できない難しい形成となることがあります。
ここでも経験豊富な心臓外科医のちからが必要です。
なぜ弁形成なの?
僧帽弁の場合、弁形成術のあとは心臓の機能も損なわれにくいですし、手術のあと、ワーファリン(血栓予防のお薬)などが不要なことが多く、患者さんの安全と便利さで弁置換よりも優れます。またきちんと逆流を治せる場合の弁形成は良い状態が長年もち、生体弁よりも長期的に有利なことが多いです。
心臓手術はとくに高齢者の場合、時間との闘いという一面があります
三笠宮さまの場合はこのパターンであったものと拝察されます。
弁形成術にはどんなものが?
医学の進歩で僧帽弁形成術も進化を続けています。弁形成そのものがより強く壊れた弁でも成功するようになり、患者さんの年齢や状態もより重い状況でも良い結果が出せるようになりつつあります。
標準的な心臓手術後の創(左)とミックス心臓手術(ポートアクセス法)のあとの創(右)
なかでもポートアクセスと呼ばれる、小さい創ごしに行われる僧帽弁形成術は痛みや回復、仕上がりの美しさで一層優れています。
宮さまの場合は、詳細は不明ですが、ご高齢と手術前の重症の状態から、通常のアプローチで手術が行われたものと拝察します。そしてそれは極めて適切な選択であったものと考えます。
ともあれ、、、
宮さまのご全快を心からお祈りするものです。また治療にあたられた関係各位に敬意を表したく存じます。
せっかくの弁形成手術がうまくいっても体力がもどらず、元気になれなければ、患者さんにとって本当の成功とは言えませんので、宮さまにはこれからしっかりと体を動かし、体力をつけて早く手術直後の状態を乗り切って頂きたいものです。
参考サイト
心臓外科手術情報WEBの中の心臓弁膜症のページ : 心臓手術や僧帽弁形成術などの情報が得られます