子供の手術が決まったら、麻酔合併症を低下させるために、親がすべきことはなんでしょうか?
手術を受ける前の「麻酔前評価」とは
注射でも暴れてしまうような年齢の子どもが、手術中にじっとしていることはまず難しいでしょう。そのため、成人なら局所麻酔で行う小さな手術でも、子供の場合は全身麻酔が選択されることがあります。全身麻酔を行うことで、子供の手術では、手術による身体への負担以上に、麻酔による合併症リスクが大きくなってしまうことも。そこで、子供の全身麻酔合併症を少しでも減らすために行われるのが、「麻酔前評価」です。麻酔前評価では、血液検査、胸部X線検査、心電図検査などの他に、麻酔科医は視診、問診、聴診を行います。主治医ではない担当麻酔科医に面談できるのは、このごく限られた時間のみ。この診察時に、麻酔科医は麻酔をかける上でとても重要な質問をします。親御さんは、この質問に的確に答え、情報を提供することで、お子さんの麻酔リスクを低下させることができるのです。
親が、麻酔科医に積極的に伝えるべき情報は5つです。
・ アレルギーの有無
・ 服薬の有無
・ 既往歴
・ 現病歴
・ 食事
それでは各項目について、さらに詳しくお話しましょう。
アレルギーの有無
子供自身のアレルギーの有無はもちろん、家族親族の病歴も質問される場合があります。アレルギーは子供の手術合併症を重症化させる重要な因子。小さなアレルギーでも、積極的に伝えましょう。・気管支喘息の有無
・アレルギー体質かどうか?
・抗生剤や薬でアレルギーが起こったことがあるか?
・親族のなかに麻酔で具合が悪くなった人がいるか?
・ゴムや金属アレルギーの有無
服薬の有無
麻酔前評価では、服薬している内容を全て、麻酔科医に伝えておきましょう。そして、今は飲んでいなくても、これまでいろいろな薬を飲んできた場合には、メモに書いて伝えるようにしましょう。薬の内容によっては、麻酔薬の強さに影響を与え、目覚める時間を遅らせたり、手術中にも追加投与しなければならない薬もあります。また、手術当日の朝も、飲むべき薬かどうかを確かめておきましょう。もちろん飲む場合には、何時にどれくらいの量の水で薬を飲むかも、確認しておきます。
既往歴
主治医にも話したのに、またか、と思われるかもしれません。しかし、ここはお子さんの安全のため、もう一度、お話ください。麻酔科医も、もちろんカルテに目を通していますし、病歴も調べています。しかし、麻酔科医は、手術する医師とは違う視点で麻酔を行いますので、既往歴の見方も異なります。また、これまでにお子さんが麻酔を受けたことがある場合には、その時の麻酔方法や状況をお伝えください。そして、これまでの手術や麻酔で気になることがあった場合には、手術や麻酔を行う前に質問しておきましょう。既往歴情報を詳しく伝えることで、さらに麻酔合併症リスクを減らすことができます。現病歴
手術当日、子供の様子がいつもと違ったら、必ず医師や看護師に伝えましょう
また、手術当日、「何だか今朝は体調がおかしい、いつもと違う。」と感じたときには、必ず、申し出ましょう。体温や血圧、酸素飽和度検査などが正常でも、いつも一緒にいる親の感性の方が正しい場合もあることを、臨床麻酔科医は知っています。私なら、たとえ看護師が計測してきた検査結果がすべて正常だとしても、いつも一緒に暮らしている母親が、「何だか今日は調子が悪そう。どこか、いつもと違う。」と進言した場合には、手術延期も考慮しながら、再検査します。いつも見守っている親の目は、誰よりも敏感に、早期の異常を発見することがあるからです。
食事
手術当日の飲水・絶食時間は、麻酔科医に確かめておきましょう
しかし、一口に子供といっても、ミルクしか飲まない生まれたての赤ちゃんから、体重40kgを超える子供まで、子供の食事はすべて異なります。麻酔を受けるお子さんの健康状態も、とても良好なお子さんから、点滴が外せない子供まで、状況は様々。ですから、子供の成長に応じた摂食制限が求められるのです。
どのくらいの絶飲絶食時間が適切なのか? もちろん、長ければ長いほど、胃酸の分泌量を減らせるし、胃の中の食べ物の残り物も減らせます。しかし、長過ぎる絶飲絶食は、子供の脱水の可能性を高め、体力を低下させてしまいます。よって、手術術式と子供の月齢年齢で、施設ごとに麻酔前の絶飲絶食は決まっているのです。
麻酔前評価で、必ず麻酔科医は食事と飲水時間の指示を伝えます。これを忘れないように、必ず守りましょう。もし麻酔前に、目を離した隙に子供がジュースを飲んでしまったり、お菓子を食べた形跡があれば、必ず申告しましょう。もし、子供が何か口に入れてしまった場合、手術を延期する可能性もあります。手術延期は避けたいと考える人が多いと思いますが、手術中に起こる子供の誤えん性肺炎は、命に関わる病気です。手術の仕切り直しはできますが、誤えん性肺炎を起こしてからでは遅いのです。
ここで、私の失敗談をご紹介しましょう。患者さんへの説明は、自分が分かったように思っていても難しい、と思った事件です。私は麻酔前日の診察では、ベッド周りのジュースやお菓子類は、子供の手の届かない所にしまうよう指導します。そして、最終飲水時間と食べ物を取っていい時間を伝えます。それでも事件は起きたのです。
私はいつものように手術前日の夕方、子供病棟に診察に行きました。病室には手術を受ける5歳の子供と、その祖母が一緒にいらっしゃいました。患児の診察後、手術前の最終飲水時間と最後にご飯を食べる時間を伝えて、終了しました。
ところが、手術当日の朝、病棟看護師から緊急連絡が入ったのです。「先生、患者さんが、さっきパンを食べました。どうしたら良いでしょうか?」朝から何も口にせず、お腹を空かした孫が可哀想に思ったおばあちゃん。なんと、ご飯でなければいいだろう、少しのパンならいいだろう、と手術当日の朝に、パンを食べさせてしまったのです。これを聞いた私。「しかたない、手術時間開始を午後に変更を。主治医と相談しましょう。」と、手術時間変更で対処しました。しかし、これはわかって良かった事例です。食べてしまったことを隠されて、麻酔中に子供がパンを嘔吐したら、即窒息。これは命に関わる問題です。
大切なわが子が手術を受けると決まった時、慌てない親はいないでしょう。その中で、親御さんができることは何か? 手術や麻酔方法は、医師や看護師達を信頼し、最善の結果が得られるよう願うくらいだと思われるかもしれません。しかし、親しか知らない情報、麻酔科医師が本当に聞きたい情報を的確に伝えることが、麻酔リスクを減少させ、手術成功に導く手助けになることも、ぜひ知っていてほしいのです。
ぜひ、アレルギーやお薬の情報、体質に関わる問題、そして、前日から手術当日の飲水・摂食情報を正確に伝えましょう。そして皆さんのお子さんの手術が無事に成功されることを、心よりお祈り申し上げております。