先輩就農者が直面する問題。同じ失敗をしないためにやるべき3つのこと
就農により家族と一緒の時間を増やしたい、食の面から命を支えるなどの希望もかなうというのは、新規就農の拡大による「地方の再創造」をミッションとする株式会社GRA代表取締役CEOの岩佐大輝さん。しかし「経営マインドのない人、準備不足の人の多くは成功していないと感じます」と厳しい指摘も。「農業はリスクの大きい過酷なビジネス。少なくとも机上で成功が確信できるやり方でないと続かないでしょう」。そこでIT企業での経験を生かして農業経営の改革を進める岩佐さんに、新規就農希望者が成功を目指してやるべきことをアドバイスしてもらいました。
提供:日本政策金融公庫
お話をうかがった方

農業生産法人 株式会社GRA 代表取締役CEO:岩佐 大輝(ひろき)
大学在学中に起業し、現在日本およびインドで6つの法人のトップを務める。2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた故郷の山元町(宮城県)の復興を目的にGRAを設立。職人技とITを融合した先端施設園芸を軸に、「地方の再創造」をライフワークとするようになる。イチゴビジネスに着目し、品種だけでなく、技術・製法・品質基準による違いをブランド化した「ミガキイチゴ」の生産と販売を行う
就農直後に収益確保や資金不足などが問題になる理由は?
農業には経営マインドが必要、それが不足していると成功はおぼつかないという岩佐大輝さん。その言葉を裏付けるように、新規就農者への資金を融通する日本公庫の調査では「新規就農した人が困っていること、課題になっていること」の上位5つの回答のうち、収益や資金に関わるものが3つを占め、自分が始めた農業の収益予測や損益分岐点の見込みが現実に即していなかった可能性も窺えます。
岩佐さん「2018年には大型台風が3つ連続して上陸するなど、農業は予測不能な自然を相手にする仕事。すべてが計算通りとはいきませんから、農業のそうした理不尽な部分も覚悟の上で経営に臨んでほしいと思います。ただし、短いサイクルでPDCAを繰り返して事業を改善するといったベンチャー的経営手法は適しません。作物が出荷できるまでに早くても数カ月、遅ければ数年という時間がかかりますから」
そこで改めて岩佐さんに就農準備の段階で必要なことを伺うと、まずはできる限りの情報収集を、という回答でした。
岩佐さん「私は東日本大震災で大きな被害を受けた故郷の復興を目指し、当地の特産品だったイチゴを育てようと決めていたため、イチゴ栽培に関する書籍はすべて読み、農業先進国といわれるオランダを見学しました。さらに故郷に小さなビニールハウスを借り、試しに1年間栽培もしてみたのです。今はほかの仕事に就いているという人はここまで徹底するのは難しいでしょうが、まずは情報収集のために行動しないと始まりません」
(1)就農を考え始めたばかりなら、新・農業人フェアなどのイベントへ
では具体的にはどのように行動して情報収集すればよいのでしょうか。例えば最近農業に興味を持ち、就農を考え始めたばかりという人なら、「新・農業人フェア」をはじめとするイベントへの参加を岩佐さんは勧めるそうです。
同フェアの主催は株式会社リクルートジョブズで、農林水産省と厚生労働省が後援し、全国農業会議所・全国新規就農相談センターや日本公庫などが協賛する大規模なもの。開催場所は東京や大阪といった大都市中心ですが、フェアには各地の農業生産法人が参加しており、それぞれの地元情報や独自の支援策などを知ることができます。またすでに就農した人の経験談も聞け、自分が目指す農業のスタイルを考えるヒントにもなることも。
岩佐さん「できればフェアに参加する前に、参加する農業生産法人の顔ぶれをフェアのホームページで確認し、自分が作りたい作物などの下調べはしておくといいでしょう。当日の相談でどれだけ多くの情報を引き出せるかは、こちらがどこまで知っているかに寄るところが大きいからです」
(2)自治体からの補助金、日本公庫の融資制度などの支援を検討
日本の農業は現状ではさほど大きな収益は見込めないことが多いものの、農業振興は国の重要な政策の一つであり、新規就農者には資金面や教育面で支援策が用意されていると岩佐さんはいいます。
岩佐さん「農業経営は天候の変動や害獣・害虫の被害などによって収益が大きく変わる、リスクの大きなビジネスです。それだけに補助金や融資支援、技術指導などの教育支援によって、少しでも経営の安定化を図ることが大事。就農する際にはどんな支援が受けられるのかを調べ、それをフルに活用することを忘れないでください」
まず資金面では国の農業次世代人材投資資金は必ず利用してほしいと岩佐さん。
岩佐さん「この資金には準備型と経営開始型があり、準備型なら就農前に研修を受けているときから2年間は補助金が交付されます。また経営開始型は就農後に5年間補助金が交付されるもので、収入が少なかったり安定しなかったりする時期に、こうした資金があるのはありがたいですね」
加えて日本公庫では、農業生産用の施設・機械、家畜の購入費、果樹や茶などの新植・改植費などを対象に、「青年等就農資金」による金融支援を行っています。
岩佐さん「日本公庫の融資は事業プランだけを評価するのではなく、融資を受ける本人がどれだけ熱意を持って農業に取り組むのか、そのためにどんな努力をしてきたかも問われると感じました。それだけ真剣に融資を検討しているのだと思います」
このほか教育面では、全国42道府県にある農業大学校が、就農前の研修やスキルアップを目指す就農者向けの研修などを行っています。また、各都道府県の普及指導センターでは農業の専門技術者(普及指導員)から農業経営や栽培技術などの指導が受けられます。
岩佐さん「作物栽培の一般的な知識は書籍で学べますが、これまでの経験からその地域はどんな品種が適し、いつ植え付けを始めるのかといった個別情報まで知っている普及指導員は心強い味方です。農業にPDCAの適用は難しいといいましたが、このような先人の知識や経験はPDCAに代わる貴重な情報だと思います」
(3)経営を学び、必要な資金を検討するなど、農業経営の準備を始める
岩佐さんによれば一般的に就農準備に数年はかかるだろうとのこと。自分が希望する農業のスタイルを実現できる地域の検討に始まり、農業大学校などで教育を受けたり、研修生として自治体などの研修施設で学んだり、農業生産法人で実務経験を積んだりと、就農前に知識や技術を身につける方法にもいくつか選択肢があります。
岩佐さん「このときに農業だけでなく、経営の知識やセンスも身につけるべきと私は考えています。決算書くらい分からないと、収益予測や損益分岐点を正確に算出できず、資金の融資を受けるかどうかの判断も難しいでしょう。その意味ではこれまでビジネスの世界にいて経営を熟知している人は、農業でも成功する可能性は高いと思います」
例えば「青年等就農資金」を利用するには認定新規就農者になることが条件で、そのためには各自治体への相談が必要。その折衝にも時間がかかるため、やはり早めの取組みが求められます。