一見すると、障害の発生率が急増しているようにも見えるが、実際には診断基準の変化や社会全体の意識向上などさまざまな要因が影響している。背景について専門的な視点からくわしく解説する。
背景1.時代とともに診断基準も変化する
発達障害の診断数が増加している背景には、診断基準の変化と社会全体の意識向上がある。発達障害の診断においては、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)とICD(International Classification of Diseases)が主要な役割を果たしている。DSMはアメリカ精神医学会が作成した精神障害の診断基準であり、ICDは世界保健機関(WHO)が作成する国際的な疾病分類である。これらの診断基準は、精神医学と医療の分野において標準的な指針として広く用いられている。
近年、これらの基準が改訂され、以前は診断されなかった行動特性も現在の基準で診断可能となった。DSM-5では、「自閉スペクトラム症(ASD)」や「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」などの発達障害に対する診断基準が拡大され、より広範な行動特徴が認識されるようになった。ICD-11もまた発達障害の診断基準を拡充し、より詳細な分類を提供している。
診断基準の拡大により、発達障害と診断される子が増加している状況において重要なのは、正しい理解と適切なサポートを通じて、子どもの可能性を広げることである。診断は支援の一助となるべきであり、それに基づいて適切な保育や教育のサポートを提供することが求められる。
背景2.保育や教育現場で発達障害への意識向上
保護者や保育者、教育者、医療従事者の意識向上により、発達障害の行動特徴が早期に認識されることで、適切な支援を求める家庭が増加している。以前は、発達障害に対する認識が低く、適切なサポートや介入が限られていたが、2000年代にかけて特別支援教育が徐々に発展し始めたことで、専門性や統一された教育方針の整備が進んだ。近年は、社会全体で多様性への理解が求められるようになり、特別支援保育や特別支援教育が拡充している。
特にスクリーニングと支援体制の改善により、乳幼児健診や就学相談において、予防的支援を必要とする子どもたちへの早期対応が可能となった。また個別のニーズに合わせたサポートが一般的となり、専門の支援員や多職種連携が強化され、個別の教育計画が作成されるようになった。
市区町村による支援体制も強化した。相談から診療・療育までのプロセスが充実している例として、横浜市では9つの地域療育センターが運営され、新規相談児数の増加に対し、即時対応のモデル事業が開始、効果的な支援体制が整備されている。
このような変化は、発達障害に対する認識の変革と、社会全体での多様性への理解を促進し、より包括的な支援体制を確立する重要なステップである。
なお集団の場である教育現場と、家庭や医療現場など個別の場では、子どもが見せる行動にも違いがある。診断で重要な行動特徴は決まっているため、しっかりと見極める必要があることも忘れてはならない。
背景3.発達障害のリスクを高める社会的・環境的要因の可能性
発達障害の増加には、社会的・環境的要因も影響している可能性がある。発達障害のリスクを高める要因としては、高齢出産、環境汚染などが研究されている。しかし、これらの要因が直接的に発達障害の増加にどの程度影響を与えているかは、まだ明確ではなく、さらなる研究が必要な段階である。これからの研究の進展により、発達障害の背景が明らかにされれば、診断数の増加にも多少寄与が考えられる。
発達障害の診断数増加の背景には、以上のような診断基準の変化、意識の向上、スクリーニングの改善、社会的・環境的要因、遺伝的理解の進展などが影響している。しかし、これは診断へのアクセスや評価方法の改善が要因であって、実際の発生率の増加を直接示すものではない。
また診断数が増加するなかで重要なことは、その特性についての正しい理解と適切な支援である。発達障害の概念が社会に広がることにより、多様性への理解が求められる一方で、ネガティブなイメージにより本人や親の自己肯定感が低下し、適切な支援が受けられなくなる可能性もある。
特に幼児期や児童期においては「苦手な部分」があること理解した上で、適切な課題を行うことにより子どもたちの成長を促すことが重要である。今後も社会全体でのさらなる理解と支援体制の充実が求められている。
<参考>
*「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果」(2022年)