世界的に珍しい“デザイン筆記具”のブランドが「復活」
1986年に、日本で初めてといってもいい、筆記具の価値をデザインで高めようとしたトンボ鉛筆の「ZOOM」シリーズが、何度かのリニューアルを経て、2023年2月に新しいブランドとして復活しました。トンボ鉛筆「ZOOM L2」3520円(税込、以下同)。写真の低粘度油性ボールペンの他、ノック式シャープペンシルがあります。色は左から、マットフルブラック、マットブルー、マットグレー、マットラベンダー、マットホワイト、マットシルバー。
とあります(※1)。「日本人が培ってきた美意識や感性による造形美、素材や色など細部までの繊細なこだわりに加え、自由度の高い表現により、使い手が感性を刺激され、心地よく使え、個性を表現できるデザインペンを通して、デジタル化の時代において、このアナログなペンの持つ価値・役割を改めて世の中の人々に届けたいと考えています」
これまでも、「ZOOM 韻 砂紋」などで、和のテイストを大胆に取り入れたペンを発売していた「ZOOM」ブランドですが、今回は、もう少し違った形で「日本」にアプローチしています。
「『韻』のシリーズは箸をイメージした形とか、素材に金箔を使うなど、直接的に『和』を前面に押し出していました。今回は、日本人がデザインしたということが伝わるような、細かい部分のニュアンスや丁寧な作り込みといったところで日本らしさを表現できればと思っています」と新しいZOOMのデザインを担当したトンボ鉛筆のデザイナー、国府田和樹さん。 今回のリブランディングで発表されたノックボタンが浮いて見える「ZOOM C1」、軸の二層構造が深みを出している「ZOOM L1」、それぞれのパーツが個性を放ちながら静かにまとまった「ZOOM L2」と、それぞれ良くできた面白い筆記具ですが、ここでは、最もデザイン的に難しいことをやって、しかも、誰もが普通に使える筆記具に仕上がっている「ZOOM L2」を紹介したいと思います。
一見、普通に見えてデザイン的な冒険にあふれた「ZOOM L2」
「ZOOM L2」は、当シリーズの中では、カジュアルユーザー向けの手に取りやすい価格帯の製品です。「L2」のLは、Lightの「L」ということだそうです。ちなみに「ZOOM C1」の「C」はCoreの「C」です。細身のシルエットは、一見すると普通にオシャレなペンに見えます。実際に持ってみると、見た目に反して、男性の手でもしっくり馴染む太さがあり、三角形の軸は指の収まりも良く、さらに、滑らないマットな塗装もあって、かなりの書き心地の良さです。
「実はこれ、そんなに細くないんです。ただ、シリーズの他のペンに比べると細いし、イメージとして細く見えるように作っています」と国府田さん。
確かに、よく見るとそれほど細いわけではなく、しっかり力を入れやすい太さがあることが分かります。しかし、「ZOOM L2」の不思議は、そこだけではありません。
「ひとつひとつのパーツというか部位は、かなりトリッキーな形というか、遊びが効いた形なんです。ノックボタンは逆円錐形になっていますし、クリップも上から下に太くなっています。ペン先の口金も独特な形になっていますし、軸も三角形の面取りがされています。でも、それらが組み合わさると、しっかりバランスが取れるようになっているんです」と国府田さん。
個性的なパーツをスッキリとまとめるためのアイデアたち
確かに、それぞれのパーツは、あまり普通のペンでは見ない形をしています。分かりやすいのはノックボタンでしょう。こんな風に上部が太くて、下に行くほど細くなっているボタンは、他では見たことがありません。クリップの形状もそれだけ見ると、かなり個性的です。「基本的には、太いところから細いところに行く形と、細いところから太いところに行く形を組み合わせています。それぞれのパーツが抑揚の中にあって、でも、それだけだとパーツの主張が強くてうるさくなってしまいます。そこで、それぞれのパーツの配置や大きさの比率は一般的な筆記具と同じ、安定したものにしているんです」と国府田さんは説明してくれました。
・今持てるデザインスキルを詰め込んだ ノックボタンのサイズやクリップの長さ、口金の大きさやペン先の形状などは、一般的な筆記具で見慣れたバランスとなっています。そのことで、個性的なパーツが主張しすぎず、全体がきれいな筆記具として収まっているわけです。
また、ノックボタンの形状と口金の形状がそろえてあるため、ペンの一番上と一番下が円錐形の反復になっています。上下を類似した形で挟むことでも、全体の落ち着きを出しているのです。国府田さんの「今持てるデザインスキルを詰め込んだようなバランスの取り方をしました」という言葉が、とても真実味を持つほどに、凝ったデザインなのです。
特殊なデザインなのに持ちやすく書きやすい
国府田さんはこのデザインを「スイートとシャープの融合」と表現していました。かわいらしい形を使いながら、かわいくなりすぎず、かといってプロダクトとして男性っぽくもならないように考えられたデザインだと思います。中が膨らんだポテッとした軸だと、キュートになりすぎるし、シャープにしようと細くすると持ちにくくなるというところを、軸の中央部分が三角形になるように面取りして、見え方としてのシャープさと持った時のフィット感の良さを両立させているあたり、本当に良くできていると思います。
「持ちやすさよりもシルエットの美しさを優先的にスタイリングしたのですが、筆記具をデザインするにあたって、断面形状が3の倍数というのは絶対的な基本なんです。なので、形から決めていったとはいえ、持ちやすくなるだろうとは思っていました」と国府田さん。
持ちやすさのもうひとつのポイントは、今回採用されている武蔵塗料のソフトフィール塗装「ネオラバサン」です。新しい素材を使うというのも、新しい「ZOOM」シリーズの特長なのですが、「ZOOM L2」では、持った時にしっとりと指に馴染み、滑り止めにもなっている、この軸の塗装が、その新素材となっています。
この塗装の大きな特長は、一般のラバー塗装とは違い加水分解しないこと。長く使っていると加水分解によってベタベタしてしまうラバー塗装を嫌う人も多いのですが、このペンには、その心配はありません。個人的にも、ラバー塗装ほどのゴム感はなく、サラッとしつつ、しっかりとグリップ感があるバランスの良さが気に入っています。
デザイン的には「シャープペンシル」が美しい
デザイン的にはものすごく凝っている「ZOOM L2」ですが、3520円と購入しやすい価格ですし、カラーバリエーションも豊富。ボールペンだけでなく、シャープペンシルもあります。国府田さんも「デザイン的にはシャープペンシルが美しいと思っています」と言うように、シャープペンシルのペン先までまっすぐにつながる造形がとても良いのです。公式サイトのメインビジュアルでも、他はボールペンなのに、「ZOOM L2」だけはシャープペンシルになっているほどです(※2)。
・軸色によって印象がガラリと変わる そして、造形が個性的だということもあって、軸色によっても随分印象が変わります。マットフルブラックやマットホワイトは、かなりシャープな印象がありますが、マットラベンダーやマットブルーなどは、淡い色調でエレガントです。
それぞれに個性的なパーツなのに、まとまるとエレガントにもシャープにもなる、まるで、今年解散するBiSHのような、他にはない筆記具です。まずは一度、手に取ってみてください。
参考
※1:プレスリリース
※2:「ZOOM L2」 公式サイト