二度の限定販売で即完売! 5500円の高級シャープペンシルがレギュラー商品へ
5500円(税込)というシャープペンシルとしては破格の価格で、キャップ式というあまり他で見ないスタイルも目を惹きましたが、それ以上に、このシャープペンシルには、従来にはない世界初のさまざまな機能が盛り込まれています。そのため量産が難しく、数量限定での発売も、その製品自体の「新しさ」がどのくらい伝わるのかが不明だったことに加え、作れる数にも限りがあったという理由もありました。
その「クルトガ ダイブ」が、2023年3月に、ついにレギュラー商品として発売が開始されました。まだ、十分な数は流通していないようで、購入には予約が必要だったりもするようですが、待てば確実に手に入るという状況になったのは、とてもうれしいことだと思うのです。
他には無い全く新しい「自動芯繰り出し」機構の開発
「実際、あまりにも沢山の新しい要素や機能を詰め込んだものでしたから、どのくらい売れるものなのか全く読めなかったというのはありました。それでも、時間をかけて開発してようやくでき上がった製品なので、皆さんに見ていただきたい、三菱鉛筆は、こういうことができる会社だということを見せたいという気持ちもありました。なので、最初は、この新しい技術と機能が詰まった製品を、少しでも早くお届けするために、なんとかまとまった数が作れたので、それを販売したのが、初回と第二弾の限定販売でした」と、製品企画を担当した三菱鉛筆 商品開発部の荒木健太郎さん。その「クルトガ ダイブ」の新しさは、文具マニア以外には、決して分かりやすいものではないという意識も、三菱鉛筆にはあったのでしょう。今回「クルトガ ダイブ」に採用されている、自動芯繰り出し機構は、それだけ聞くと「何が新しいの?」という反応をする人が多いように思います。ノックをせずに書き続けることができるシャープペンシルは、例えばぺんてるの「orenznero」や「オレンズ AT」、パイロットの「S30」などがあり、どれも人気商品になっています。
ただ、「クルトガ ダイブ」の自動芯繰り出し機構は、それらのものとは全く違うものなのです。
・今までに無い全く新しい機構のメカニズム 「パイプの先端から芯を出した状態で、筆記で減った分だけ自動的に芯を出す機構というのは無かったんです」と、開発を担当した三菱鉛筆 研究開発センター品川の福田昂正さん。
これは、考えれば分かることですが、パイプが芯の減りに伴って引っ込んでいけば、それを芯の出すタイミングに使うことも、芯を出す力に変えることもできます。しかし、芯を適量出した状態で、芯の減り具合に応じて自動的に芯を出すことを、どのように実現したのでしょうか。
「クルトガ」の機構を使うことで実現した「自動芯繰り出し」のメカニズム
そのヒントは、三菱鉛筆の大ヒット商品「クルトガ」にあったのだそうです。「実は『クルトガ』の40画書くと芯が一回転するという機構も、自動芯繰り出し機構を開発する過程で生まれたものでした。当時、いろいろなアイデアが同時進行していて、製品化できそうなものから発売していたのでそういう順番になりましたが、芯を出した状態での自動芯繰り出し機構の開発は、もう随分前から行われていました」と荒木さん。
「クルトガ」の芯を回転させる仕組みである「クルトガエンジン」を使えば、自動芯繰り出し機構ができるかもしれない!というアイデアが生まれたのが、今から10年ほど前。
今回の「クルトガ ダイブ」の多くの部分を開発した福田さんが入社したのは8年前なので、「クルトガ ダイブ」は、彼が入社以来ずっと手がけていたプロジェクトということになります。つまり、アイデアが具体化しても、それを製品として作り上げるには多くのハードルがあったということです。
「クルトガエンジンは40画書くと一回転する機能です。しかし40画書くごとに繰り出すと、芯が出過ぎてしまいます。なので、クルトガエンジンの回転を自動芯繰り出し機構に利用するには、回転を減速させる必要がありました。同じ軸の中で、2つの回転速度を得る機構を作るのが、とにかく難しかったんです」と福田さん。
筆者は、常に芯を尖った状態にする「クルトガ」の機能に自動芯繰り出し機構を加えたのかと思っていました。しかし実は、自動芯繰り出し機構自体が「クルトガエンジン」を必要としていたということに、メカニズムの面白さを感じます。
・ペン先のダイヤルで芯の出具合を5段階に調整可能 もちろん、芯の減り具合は画数だけでは決まりません。そのため「クルトガ ダイブ」には、芯の出具合を5段階で調整するダイヤルも付いています。これによって、筆圧や使う芯の硬度などに合わせて、最適な量の芯が出るように調整できます。
それ以外にも、芯を前には出すけれど、後ろには戻らないようにしつつ、芯を適量出し続けるための「ボールチャック」と呼ばれるパーツの製造など、この機構を実現するための技術を、ひとつひとつ開発していく必要がありました。それらのメカニズムが手の中の一本のペンに集約されているのは、まるで、スイスの機械式時計のような趣です。違った回転数を同一軸で制御する仕組みも、時計を連想させます。
クルトガ ダイブがキャップ式である理由
個人的に気に入っているのは、キャップの機構です。このキャップを外すと自動的に適量の芯が出た状態になっています。なので、そのまま尻軸にキャップをはめて書くことができます。筆記時のノックも基本的には不要なので、ノックボタンが隠れていても構わないというデザインも気に入っています(もちろん、芯を一本使いきって、次の芯を出すためにはノックが必要です)。
「実用的な意味では、高価な商品ですし、お客様も大切に使いたいと思われるだろうから、ペン先の保護にキャップは必要だと思いました。それに、こういう新しい製品ですから見た目のインパクトが欲しいというのもありました」と荒木さん。
「“キャップが付く”というデザイン案が出てきたので、だったら、キャップを外すと芯がちょうどよく出ていて、筆記後にそのままキャップをしても、次に書く時にはまたちょうどいい長さになっている機構が入れられますよと、開発側で提案したんです」と福田さん。もちろん、芯を長く出した状態でキャップをすると芯は折れるので、そこは注意が必要です。
この、デザインと開発のキャッチボールから新しい機能が生まれ、まずノックするのではなく、キャップを外してそのまま書き始めるという新しい使い勝手が生まれるというのも、「クルトガ ダイブ」の魅力につながっているような気がします。
書くことにのめり込める全く新しい体験
今回の軸色はアビスブルー、デンスグリーン、トワイライトオレンジの3色。最初の限定販売の時は深海に差し込む光をイメージしたグランブルー、2回目は川の流れの中にある小さな滝のような明るいイメージのムーンナイトブルーとカスケードブルー。今回は、ややカジュアルな3色になった印象ですが、「ダイブ=書くことにのめり込む」というテーマに沿った深みのある色合いに統一されています。「学生時代はシャープペンシルを使っていて、社会人になるとボールペンになるひとつの理由として、シャープペンシルを使う時の煩わしさがあるのではないかと考えたんです。芯を自分にちょうどいい感じに出すとか、書きながらもノックが必要とか、そういうボールペンにはない面倒くささは思考を分断しがちだと思うんです。自動芯繰り出し機構のメリットは、それがないことですから、製品全体もそうやって『書くことにのめり込める』というテーマに沿ってデザインしました」と荒木さん。
使っていると、確かに、従来のシャープペンシルとは使い勝手が全く違うことに気が付きます。芯が減ることを気にしないで済むというのは、使い心地的にもボールペンと変わらない感じになるのです。
筆圧を回転する力に変えるという構造上、筆記時にやや沈み込むというか、サスペンションが付いているような感じになるのが気になる人もいそうですが、個人的には、その沈み込む感じも気持ちよく、快適に書き続けることができます。 現時点では、まだ手に入りにくいかもしれませんが、レギュラー商品ですので、待てば必ず買えます。慌てずに待って、じっくりと使ってもらいたい、筆記具の傑作の一つだと思うのです。