子どもも安心して使えるコンベックスメジャー
金属製メジャーの「コンベックスメジャー」は、家具などの長さを測るのに便利なので、引っ越しや模様替えには欠かせない道具です。それだけでなく、布製のメジャーに比べて、直線の長さが測りやすいので、手元に置いておきたい道具のひとつでしょう。しかも、長く伸ばしたメジャー部分がボタンひとつであっという間に巻き取られるのも良くできています。ただ、あの戻ってくるスピードが速くて、結構怖いのです。相手は金属テープなので、指が切れたり、顔に当たりそうになったりと、油断できません。 ミドリの「スローコンベックスメジャー」は、その、コンベックスメジャーの戻ってくる速度を遅くした製品です。初めて触った時には驚き、「これだ!」と思いました。戻ってくるのが怖いのは分かっていたのに、この発想はありませんでした。実際、こういう製品はこれまで見たことがありません。
道具には慣れてしまうので「怖い」を忘れていた
この「スローコンベックスメジャー」のような、誰もが問題点を分かっていて、でも放置されていた部分を解決した製品こそ、イノベーティブな製品と呼ぶのだと思うのです。同時に、よく思いついたなあと感心したので、デザインフィルに開発の経緯を聞きに行ってきました。話してくれたのは、開発を担当したデザインフィルのクリエイティブセンター プロダクトグループの中村真介さんです。――そもそも、コンベックスメジャーの戻る速度を遅くするというアイデアは、どこから生まれたのでしょう。
中村さん(以下、中村):コンベックスメジャーや大型のカッターナイフとか、そういうプロが使う工具だけど、日常生活でも便利なものっていろいろあるんですが、そういうものって、職人さん向けに開発されているので、効率優先なんですよね。だから、カッターナイフは刃を折って使うと知っていても、怖くて折らないという人もいるし、コンベックスメジャーをそーっと手で押さえながら戻している人もいます。
でも、やっぱり長いものを測ったりするのにコンベックスメジャーは便利なんですよ。ほとんどの人は長い定規は持ってないし、1m以上のまっすぐなものを測ろうとしたらコンベックスメジャーが最適です。
ウチは文房具メーカーなので、こういう工具を文房具的に、誰でも安心して使えるといいなと思ったんです。文房具は、子どもから大人まで、年齢性別関係なくみんなが使えるものだから、こんな危ないものは文房具としては出せないんです。それで、「ゆっくり戻す」というアイデアが生まれました。 ――これまで、ゆっくり戻るコンベックスメジャーが無かったのはなぜでしょう。
中村:道具って、使っている間に順応しちゃうんですよね。怖いとは思っても、まあこういうものと思ってしまう。だから、今回、改めて「怖い」ということに気が付けたのが良かったと思っています。
この製品のデザインを担当してくれたデザイナーの神瀬泰二さんも、「自分の子どもが小さいから、コンベックスメジャーは手が届かないところに置いておく、ということはやっていたのに、遅くするというアイデアは、その時には出てこなかった」と言ってました。今回、開発チームのスタッフみんなであれやこれやと話し合っているうちに生まれたアイデアが、こういう形になりました。
カセットデッキをイメージした“ゆっくり”の感覚
これが、キーアイテムのオイルダンパー。このようなパーツを回転軸に仕込むことで、“ゆっくり戻る”を実現しています。
中村:ゆっくり戻す方法は、いろいろあるなと思ったんですが、私たちがイメージしたのは、昔のカセットデッキの扉でした。あれ、ボタンを押すとゆっくり出てきますよね。あのスーッと出てくる仕掛けは、ダンパーという部品を使ってるんですけど、そのダンパーを回転軸に仕込もうということになりました。内部の回転する部品に抵抗を付けるなど、他の方法も検討しましたが、誤差が出て品質が安定しないと判断して最終的にダンパーに決めました。
――ダンパーのパーツは既製品があるのですか?
中村:小さいギアがついた部品で、ギアが回転する時の内部の抵抗と、それを調整するシリコンオイルによってゆっくり回るんですね。いわゆる小型ダンパーです。ただ、これ、ものすごく種類があるんですよ。同じ形でも抵抗が全然違うんです。そこから試行錯誤が始まりました。
バネの調整とかダンパーの選別、バネの強さとダンパーの組み合わせはどれが一番良いのかとか、本当に大変で……結局、アイデアが出てから製品化まで3年以上かかっています。
バネも弱いと戻す力が弱い分、メジャーを巻き取った時の形が大きくなってしまって、筐体も大きく作る必要がでてくるんです。でも、子どもでも使えるサイズにしたかったので、ある程度の強さが必要になります。ところが、バネが強すぎると戻る速度も速くなってしまう……。
――戻ってくる速さは、どのように決められたのですか?
中村:スタッフの感覚を大事にして決めました。何cmが何秒で戻るのが最適かと設定するよりも、まず人間の感覚で「このくらいがいいよ」というところから入らないと、変な感じになるような気がするんです。遅すぎるのも嫌だし、怖くない速さはどういうものかとか、感覚的に「これだな」というところを探っていきました。
いろいろやっているうちに、最後の30cmくらいが1番危ないから、そこでゆっくりになればいいんじゃないかということになっていったんです。不思議なもので、みんなで試行錯誤していると、「これくらいじゃないか」っていうコンセンサスができてくるんですよ。それで、長く伸ばしたら、最初は速く、だんだん手元に近づくとゆっくりになっていく、ということに落ち着きました。
ただ、バネもダンパーも個体ごとの誤差があって、同じパーツで作っても、全く同じスピードにはならないんですよ。それで、合格範囲を決めて、私たちスタッフが手作業で全品検品しています。ずっとこれをやってきたから、感覚で分かるんですよ。それで、範囲外の速度のものは工場に戻して直してもらってます。
文房具としてのスローコンベックスメジャーは機能も十分
――速度以外の、コンベックスメジャーとしてのアピールポイントを教えてください。中村:まず、なるべく小さくしつつも、コンベックスメジャーとして使えるように、1m引っ張り出しても折れ曲がらず、空中で保持できるサイズにしました。工具用だと2mくらい空中保持できるのですが、そこまでのスペックは要らないかなと。
あとは、目盛りが10cmごとに色分けされています。見やすいブロック体の数字と合わせて、目盛りが読み取りやすいようにしたのです。裏側の目盛りは縦書きになっているので、高さを測る時は裏側を見ると便利です。
それと、コンパクトさを重視してストップボタンをなくし、本体を押さえるとメジャーが止まって、離すと戻ってくるようにしています。これは、使ってみると結構直感的に使えるし、便利なので気に入っています。押さえるところには滑り止めのテクスチャーを付けたり、かなり細かい操作性にも気を配ってます。