コロナ禍で増える解雇や雇い止め……
お金のちょっとしたすれ違いは、ときには人を悩ませ、ときには縁の切れ目にも……。男女の人間関係に関する著書も多いフリーライター、亀山早苗さんが、お金にまつわる複雑な人間模様のお話をお届けします。厚生労働省によると、1月22日時点で、新型コロナウイルス感染拡大に関連する解雇等は、製造業、飲食業、小売業、宿泊業、労働者派遣業を中心に、8万3000人を超えたと発表しており、毎週増えています。今回はコロナ禍で雇い止めにあってしまった女性のお話――。
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コロナ禍で女性たち、特に非正規で働いている女性たちにしわ寄せが
コロナ禍で企業も厳しい状況に陥り、女性たち、特に非正規で働いている女性たちにしわ寄せが来ている。派遣や契約、パートの女性たちからは苦悩の声が聞こえてくる。それでも誰もが生きていかなくてはならないのだ。
契約満了とともにクビに……手を差し伸べてくれた彼
2年ごとに契約を延長していた会社から、次の延長はできないと昨年春、告げられたナツミさん(34歳)。前回は、次の契約が終わったら正社員になることを考えてほしいと会社のほうが言い出していたのだが、コロナ禍でそんな話もなくなった。「会社都合ですぐに失業保険はもらえたんですが、それでも先行きが不安でたまらなかった。知り合いのつてを頼ったりハローワークに通ったりもしましたが、状況はどんどん悪化する一方で、仕事先が見つからない。私の場合は、ある資格を活かして働いていたのですが、その資格を活かせる場自体が激減していたんです」
ある地方で生まれ育ったナツミさんだが、大学からは東京で一人暮らしをしてきた。今さら実家にも戻れず、頼れる親戚も近くにはいない。
「仕事のスキルアップをはかるために勉強会などにも自腹で参加していたし、はまっている趣味もあったので、貯金はあまりしていなかったんですよ。家賃に固定費に生活費を考えると失業保険だけではカツカツの状態。どうやって生きていけばいいのだろうと思い悩みました」
ナツミさんには1年前からつきあっている8歳年上、バツイチの男性がいた。だが当時、別れることを考えていたのだという。
「いい人なんですが、束縛がきついんですよね。私は自由に一人でどこへでも行くタイプ。でも彼は映画も食事も、一人では行かないんです。私が常に何をしているのか気にして何度も連絡してくる。最初は愛されていると思っていたけど、だんだんうっとうしいなと思うようになって。束縛は愛情ではなく支配なんだと気づいたのが、昨年春ころ。その後すぐクビになってしまったんですが」
彼の心配は、ナツミさんの想像を超えていた。
「とにかくうちに越してこいよって毎日、連絡が来るんです。そうすれば家賃も払わなくてすむし、貯金を削らなくてすむだろって。それはそうなんだけど……。ずいぶん考えましたが、秋になっても仕事が決まらなかったので、心が折れました」
彼の勧めるままにマンションを引き払った。彼は車を調達し、引っ越しを手伝ってくれた。
「彼はバツイチですが子どもはいません。結婚してすぐに中古マンションを買い、リフォームして住んでいました。3LDKでかなり広いんです。引っ越した晩、彼がワインをあけて『いらっしゃい。大歓迎だよ』って。ありがたい気持ちと、荷が重い気持ち、半々でした」
魂を売るわけにはいかない
失業中のナツミさんは、必然的に主婦のような役目を負うことになった。彼は遅くなっても家で食べるタイプで、毎日夕飯の支度をしなければならない。仕事探しに奔走しながら帰りにスーパーに寄る生活は、ナツミさんから大事な“自由”を奪っていった。「彼は『ただだとナツミも居心地が悪いだろうから、月に3万円くらい払ってくれる?』と。まあ、3万円で個室をもらって生活できるんだからありがたいですけど、一応、恋人なので夜は一緒に寝たりするわけですよ。それだったら私からお金をとらなくてもいいんじゃないのという気持ちもありました」
何より一緒に生活してみて、ナツミさんは彼を好きではないことをしっかりと自覚したという。
「本当に申し訳ないけど、彼に恋してはいなかった。それがわかってしまうと、ひとときたりともここにいてはいけないという気になりました。私は魂を売っている、と。おおげさに聞こえるかもしれませんが、そんなせっぱつまった感じだったんです。好きでもない男性と夫婦同然に暮らすのは自分を痛めつけている行為のように思えて」
短時間のアルバイトをかけもちして仕事をすれば、なんとか生活していけると考えた。好きでない男性に甘えるのはやめようと心に決めたのだ。
友人知人に苦境を話していたら、あるシェアハウスを紹介された。「ありがとう。感謝しています。でもこれ以上、あなたと一緒にはいられない」と置き手紙を残して、彼女は彼の元を去ったという。
「彼が私を探しているという話は共通の知り合いから聞きましたが、私は彼サイドの人には居場所を知らせませんでした」
今も彼女はアルバイトをかけ持ちしながら、シェアハウスで暮らしている。シェアハウスには同じような立場の人たちがいて、情報を共有しながらみんなで励まし合っている。
「生活が苦しかったら、つきあっている人に頼ってしまえばいいやという安易な気持ちがいけなかったと今は思っています。もちろん心から好きな人だったら頼ってもいいと思うんですが、私自身が彼を利用していることに耐えられなかった」
お金がなければ生きていけない。それでもお金より大切なものがある。ナツミさんは心にそれを刻んで、これからもがんばっていくと決意していると笑顔を見せた。
教えてくれたのは……
亀山 早苗さん
フリーライター。明治大学文学部演劇学専攻卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、講談、浪曲、歌舞伎、オペラなど古典芸能鑑賞。All About 恋愛ガイド。