特徴はメンズヘアであること
ここ最近、いろいろな美容師さんと話をしていると、必ずといっていいほど出てくる“オーシャントーキョー”というヘアサロンの名前。髪型人気ランキングを行えば全国で1位、セミナーやヘアショーを行えば即日完売。新卒の面接をすれば美容専門学生が長蛇の列を作る。オリジナルワックスを販売すれば、たった3カ月で年間1位の商品を抜いてしまう。取材や撮影依頼をすれば、忙しすぎて日程調整が大変。お店へ行けば、いつもお客さんでいっぱい。「すごいよね」と他の美容師さんは舌を巻くばかりです。そこで、なぜオーシャントーキョーにお客が集まるのかを、代表の中村トメ吉さんの言葉を用いながら、分析・紹介したいと思います。
かつて1999年4月から約1年間に渡って『シザーズリーグ』というテレビ番組が放送されました。登場する人たちはカリスマ美容師と呼ばれ、所属する美容室にはたくさんの人が訪れ、予約が取れない状況を生み出しました。さらに木村拓哉さんが美容師役を演じたドラマ『ビューティフルライフ』が追い風となり、空前のブームを巻き起こしたのです。
その後、ブームは沈静していくわけですが、昨年あたりから再び美容師や美容室にスポットライトが浴びるようになりました。その中心となっているのがオーシャントーキョーです。当時と違うのは、シザーズリーグは女性をターゲットにしていたのに対し、オーシャントーキョーはメンズを主体にしているという点です。
その理由は、もともとオーシャントーキョーを立ち上げたメンバーがメンズカットで名をとどろかせた人たちだったからなのですが、それだけでは今の時代、こんなにもお客さんは集まりません。オーシャントーキョーの客層を細かく見ていくと、高校生や大学生など、10代後半~20代前半の男子たちがほとんどです。そこに彼らの戦略が見え隠れするのです。
代表の中村トメ吉さんに尋ねてみました。
戦略1:生き様や想いを売る
「髪型を変えると人生が変わるとは、オーシャントーキョーがずっと掲げ続けているコンセプトです。美容師はお客さまの髪と向き合うことが当たり前。そこには圧倒的な技術が必要です。私たちはそれだけでなく、人間対人間、心と心を大切にしていて、自分の生き方探しをしている人や、自信のない子、自己表現が苦手な人たちの背中を押してあげることも大切だと考えている集団なんです。現にそういうお客さまがたくさん来店します。美容師は職人、デザイナー、クリエイターみたいなイメージで言われますが、オーシャントーキョーはそういう集まりではなく、経験や生き様、想いを売る人間たちなんです」お客さんが志を持って生きていけるように、お手伝いをするのがオーシャントーキョーの最大の役目だというわけです。「接客業は聞き役に徹せよ」という言葉がありますが、そうではなく、お客さんの内面や人生にまで踏み込むヘアサロンは今までなかったのではないでしょうか。
戦略2:若者たちが必ず通る“学校”のような存在
「既存のサロンはお客さまに合わせ、ともに成長していく価値観だと思います。だからお客さまやスタッフの年齢が上がれば、お店も原宿から表参道、銀座へ移り変わっていく。しかし、そこには初期のコンセプトとのズレや、スタッフ同士の価値観の齟齬が生じるわけです。オーシャントーキョーはお客さまとずっと付き合っていくものではなく、人生の通過点でありたいと考えています。マンガでいえば、『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』のような。若者たちが必ず通り、必要とする場所でありたいと思っています」つまり、人生の指針が見えて、目標に向かって進んでいけるようにお客さんが成長したのであれば、“卒業“という形を取ってもいいわけです。こういう考え方も今までのヘアサロンにはなかったのではないでしょうか。
戦略3:仕事を楽しんでいる姿を見てもらう
「10代後半から20代前半の学生時代というのは、自信が持てなかったり、一歩踏み出せなかったり、不安や劣等感を感じるときだと思います。自分と向き合い、将来を考える時期ですよね。その時期にまわりにいる大人たちというと、親、先生、バイト先の人くらいではないでしょうか。私自身の経験上、そんな大人たちに夢を否定されたり、現実的な話をされたりする子が多いと感じます。私たちもこの業界に入って、自分自身が感じてきた違和感や劣等感、不安感は沢山ありました。『こうだったらいいのに』『こうしたい』という理想を形にしたいと思って独立を決めました。だからこそ既存の価値観に縛られたくないし、新しい仕組みをつくり、新しい事業や発信をガンガンやっていきたいと思っています。今、仕事が楽しいです。そういう私たちの輝く姿を見てもらうことで、お客さまには自分の人生を生きてほしいと思っています」ここで、“仕事が楽しい”という言葉が出てきたわけですが、本当にそうなのだろうかというところを、今年3月に発売した「We Love OCEAN TOKYO」の担当編集者、KKベストセラーズの金井洋平さんに聞いてみました。彼はこのムック本を手がけるにあたり、何日もオーシャントーキョーのスタッフとともに撮影をし、仕事ぶりを間近で見てきた人物。金井さんの目にはどのように映っていたのでしょうか?
「一番感じたのはどんなことに対しても、ひとりひとりが一生懸命だということです。“マジ”という表現のほうが合うかもしれませんね。きっとお客さんに対しても同様なのだと思いました。みんな20代前半~30代前半のまだまだ若い人たちなのに、頑張ることを恥ずかしがらないし、熱いことをどんどん口に出すという印象を持っています」
今どきの若い子たちは「夢を持とう」「目標に向かってがむしゃらにがんばろう」といったセリフに抵抗感を抱くといいますが、それは実践する力に不安を持っているからではないかと、金井さんは話します。表向きは冷静さや無関心を装いながら、心の内側では頼れる“アニキ”を求めているということなのでしょう。その求めに応えているのがオーシャントーキョーなわけです。
「夢を持とう」と言えるのは、言っている本人が夢を持って仕事をしているからであって、それはイコール“楽しんで仕事をしている”というところにつながっていく。つまり、生き方のお手本をスタッフ自身が体現しているといえるのはないでしょうか。
戦略4:「憧れ×親近感」SNSの戦略
オーシャントーキョーは実はSNSを活用して人気を獲得していったヘアサロン。“憧れ×親近感”というテーマをもち、お客さんに憧れられる存在でありながらも、近い距離のところにいるヘアサロンでもあります。取り組みとして行っているのが、自ら頻繁に動画でコミュニケーションを取ったり、SNS上でお客さんの相談に乗ったり、コメントを返したり、お客さんの新たな発信に“いいね”を押すこと。担当した美容師さんとコミュニケーションが取れたら単純にうれしいだろうし、また行きたくなると思うはずです。「SNSは話題のキッカケになるので、お客さまも話しやすくなると思います。商品を売る前に自分を売れ、と私は常にスタッフに投げかけています。だからこそアシスタントのときからファンがいて、スタイリストになるとすぐにお客さまが殺到するんです」
見た目はイケイケなスタッフが多いですが、お客さんに寄り添い、繊細な気配りができるのがオーシャントーキョーの強みでもあるのです。
戦略5:店舗やスタイリストでお客を固定しない
「うちは、お客様がオーシャントーキョーという世界を旅して、本当の自分を見つけるというテーマを掲げています。だから、お客さまが通う店舗を変えたり、スタイリストをチェンジしたりするのが当たり前なんです。ブランディングとして、それぞれの店舗の特徴を明確に打ち出しているし、それぞれのスタイリストの特徴や武器も違います。例えば、お客さまと話をしていて『こういうヘアスタイルにしたくてこういう悩みがあるなら、次はあの店舗のあのスタイリストのところへ行ってみなよ』と言うこともあったりします。色々な店舗で、色々なスタイリストと会い、色々なヘアスタイルを経て本当の自分を見つけてほしいと思っています。そして、何らかの刺激を受けて、前向きに夢を持ってもらえればなと思います」このシステムは、お客さんを飽きさせないようにする、ある種の技術だともいえるのです。
なぜオーシャントーキョーに人が集まるのか。カッコ良い髪型にしてくれるのはもちろん、今どきの若者のナイーブな気持ちを捉え、そこに対して徹底的に情熱を注いでいるからなのではないでしょうか。
そんな彼らにお客さんが惹かれてしまうのは、ある意味当然のことと思うのです。若者をターゲットにしてはいますが、年齢制限はしておりません。オーシャントーキョーが気になっているなら、一度行ってみてはいかがでしょうか?
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