226本の樹木に心が洗われる

原町の宮野古民家と碑文谷の旧栗山家主屋。目黒区にあるこの2つの古民家は、宮野古民家が目黒線・洗足から5分、旧栗山家は東横線・都立大学から10分、それぞれも歩いて10分と離れていない場所にあります。どちらも、こんな都心の住宅地に!と驚いてしまいますが、かつてはこうした民家ばかりが連なっていたのでしょうから、それらをきっちり保存してこなかった都市政策のほうが問題ということなのでしょうね。

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鰯の頭も信心からと申します
まずは築230年という宮野古民家のほうから拝見。立派な屋敷門の門柱には「鰯の頭」が…。魔よけの風習とのことですが、今もきっちり管理する人がいることがわかります。

陰から光へ、抜け道のような門を通っていく

門をくぐって入ると、正面にもうひとつ門があり、そこから先は屋敷林をふくむ庭園になっています。庭園には離れや茶室、青(アオ)という名の愛馬を祀った碑などがあります。屋敷林には5メートルを超える樹木が226本。ケヤキやムク、クヌギ、ナラなど75種もの木が自然の植生そのままに緑の羽を伸ばしています。その枝々をわたる初夏の薫風、降り注ぐ陽光……そこに立つだけで心が解放されていくのがわかります。

環七内とは思えないような異空間が現出、タイムスリップか?

なつかしい田舎の旧家

囲炉裏があったという板間、空気がひんやりしている

さて、玄関から古びた建物内に入ると、土間に続いて広い板の間と、その向こうに畳敷きの間があります。管理人のおじさんによれば、「板の間にはかつて囲炉裏があってここで火が使われていたのですが、最後に住まわれた方がその上に板を張って天井をつくられてしまった。今はその天井を外して元の形に戻しています」とのこと。

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人間の営みを物語る屋根裏の煤
屋根の萱葺きが煤けているのは火が使われていた証拠だそうです。だけど、近代化の波の中で、しだいに室内で直火で調理をするという習慣がなくなっていったということでしょう。私の田舎の家も、同じような造りでしたからだいたい見当がつきます。いちばん肝心な家族の集まる場所や寝室は北向きの日の当たらない場所にあり、快適であたたかい南面の部屋は客間や床の間に充てられているのです。

奥の座敷へと続く板敷きの間、
家族のリビングはこの右手

手前の座敷と奥の座敷は、それぞれ5間9メートルの一枚板を張った廊下でつながり、2つの座敷を仕切る4枚の境界帯戸には1本の木から取った同じ木目のものが使われています。こうしたあたりに「うちはいい木を使っているゾ」という静かな主張が読みとれますね。

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